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埋ずみ火



祖母の部屋には火鉢があり田舎の居間にあたる部屋には炉がありました。
埋ずみ火はそんなほっこりした火を指します。
そしてもう一つ
私の中の「埋ずみ火」は風呂です。

当然お風呂は薪をくべて温度調節する冬は子供には泣きそうに辛いお風呂でした。
田舎は寒い時期には続けて一気に入ります。
主から順に入っていくのです。


今は子供優先にお風呂ははいる家庭が多いと思うのです。
でも私の幼い頃はそうではなく昔からそういうものだとして育ってきました。
一番風呂には湯の当たりがきついので年寄りは入れるなという言葉を
聞いた事があるかと思います。
寒さがキツイと浴室の温度が低いせいや身体の末端が冷え切ってる事もあり
本当に痛いという感覚なんだそうです。


私が入る時は祖母と一緒に入らなければならず
追い炊きの薪をくべてくれる人はいませんでしたから
湯の温度に身体が慣れる前に上がらないと寒くなって上がれなくなるのですね。
俗にいう五右衛門風呂でしたから浴槽に体が当たるとヤケドをしてしまいます。
ちんまり周りの槽壁に当たらぬように入るのは至難でした。
もちろん大まかに浴槽内には
当て木と言われてる木を当ててはあるのですが
何せ古かったものですから(笑)


私が入ってるときは祖母は洗い場で待っていてくれましたから
今と違って炊いてるときは換気をしていなければならないので
浴室は窓は開きっぱなし。
でも祖母は笑顔で。



今も覚えてるのは祖母の身体です。
7人もの子供を育てたであろう乳。
幼い私も抱かれて眠る時に安心したその乳房は
湯気の中でぼうっと白く今も浮かび上がります。
若いそれとは異なりながらも
甘さと懐かしみと存在そのもので
安心と体温を感じることができる。
母に抱かれた思い出は乳房の温もりそのものなのかもしれません。

祖母は母が蒸発した時
求めてやまない私の口に自分の乳を含ませたそうです。
乳は出なくても安心して眠った私は祖母の乳房に母を感じるのです。
かつてそうして我が子を育て
孫までそうして添い寝をする事になろうとは
祖母の思いもよらない複雑な気持ちだったろうと思えます。
今は。






浴室が温まっていても祖母の身体が冷えてくるのですね。
気付けるようになったのは小学校3年くらいだったから
「おまえは本当にカラスの行水だね」と言われても
やっぱり早く上がりたくなるのが心情でして(笑)
早く上がって追い炊きをしてあげたかったのです。


薪は一度火を起こすと
炭状になり料理で言えば弱火のような状態にできます。
それを消さないように家族全員が入るまで
保つよう調節していくのです。
十分な炊きと微妙な薪の量や天候
そして全てが炊き手にかかってくるのですね。


女手がなかったせいもあり
私は幸い早くから火を使う許可と責任がありました。
ご飯炊きは私の仕事だったし
うまく炊かなければご飯抜きでしたから(笑)



祖母は私が追い炊きをすると
それはそれは喜んでくれました。
夏は再び汗をかき
冬は一気に冷えてくる。
炊き手が温まるほどに薪を燃やせば
風呂に入ってる人は熱くてたまりません。
映画やドラマなんかでほのぼの炊いてるけど
実際はそうでもないから趣があるのかもしれません。
それでも祖母とのそんな時間は私の安らぎであり
家族の思い出なのです。


私の年ではそんな経験がない人のほうが多い。
今は田舎も全部給湯器完備で
炊いてる人は本当に少ないかと思いますし。



思い出す時に
匂いって重要で
目で見た光景が鼻で感じた匂いと涙の出る前の狭窄感とで
mixされた状態で蘇って来るのですね。
音はなくとも。



憧憬の中に匂い立つ埋ずみ火と
いつも必死だったあの頃。


涙も火を使っていたからと
ごまかす事ができたあの頃。


煙と湯気と祖母の横顔が
空の彼方に今も私を包んでいて。





ばあちゃん
湯加減どぅ?








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