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2003



<日本外交官殺害>治安情勢考え、あえて護衛車両つけず単独行 
12月2日毎日新聞
 【バグダッド】イラク北部ティクリート付近を車で移動中の日本人外交官ら3人が11月29日、武装グループに襲撃され死亡した事件で、外交官らは地域の治安情勢などを事前に検討し、安全対策上、あえて護衛の車両をつけずに単独で走行していたことが1日、分かった。日本政府筋が毎日新聞に明らかにした。また、日本人外交官の身元特定を避けるため、車のナンバープレートを外すなどの警戒措置を取っていたことも判明した。

 死亡した在イギリス日本大使館の奥克彦参事官(45)=イラク出張中=と在イラク日本大使館の井ノ上正盛書記官(30)が乗っていたのは在レバノン日本大使館が使用していたトヨタの「ランド・クルーザー」。防弾車だが、他メーカーの四輪駆動車に比べ、より高速での走行が可能だ。

 奥参事官らは大使館を出発する前、安全に移動するための手法として(1)1台の車で時速150〜160キロの高速走行を続け、襲撃に遭う危険性を減らす(2)速度を犠牲にして重防弾車を使い、前後に警護車両を走らせる――などの選択肢を検討。ティクリート地域で重装備の米軍車両に対する攻撃が頻発していることなどから(1)の単独走行を採用した。車を運転していたイラク人運転手のジョルジーズ・ズラさん(54)は高速走行を得意としていた。

 また、事件当時、ナンバープレートは事前に外して座席の下に置いてあり、車の外見上、日本人外交官と特定される要素はなかったという。しかし、先月30日には現場近くで韓国人技師の乗った車両が襲撃され2人が死亡する事件が発生しており、反米武装勢力がアジアの親米国民を狙い始めた可能性が高まっている。

 奥参事官らは事件当時、米英占領当局(CPA)民政部門のティクリート地域事務所がイラクの非政府組織(NGO)を集めた復興支援会議に出席するためバグダッドからティクリートに向かっていた。国際機関が援助活動を開始している他地域と違ってティクリート周辺は支援の手薄な「援助の空白地帯」で、奥参事官らは住民の要望などの情報収集に努めていた。

 3人の乗っていた車は窓や車体を強化した防弾車だったが、襲撃する側の銃の位置や大きさによって、銃弾が窓や車体を突き抜ける可能性はある。



イラク復興に多大な貢献=自衛隊派遣に期待−外交官殺害で米報道官
12月2日
 【ワシントン1日時事】米国務省のバウチャー報道官は1日の記者会見で、日本人外交官2人がイラクで殺害されたことに関し、「彼らはイラク復興に多大な貢献を行い、暫定行政当局(CPA)や米国の多くの友人はその死を深く悼んでいる」と述べた。
 同報道官は、スペイン情報機関員7人や韓国の民間人2人が相次いでイラクで殺害されたことにも言及。日本を含むこれら諸国が、イラクの民主化と安定のため、復興に協力する立場を堅持していると評価した。
 同報道官はまた、今回の事件がイラクへの自衛隊派遣に影響を及ぼすかとの質問に「日本政府は自ら言ったことを実行すると思う」と述べ、自衛隊派遣に改めて期待を示した。 


<日本外交官殺害>自衛隊派遣の維持が大勢 自民党外交部会
12月2日
 自民党は1日、外交関係合同部会を開き、外交官殺害を受けた対応を協議した。会合では「自衛隊派遣の方針を維持すべき」との意見が大勢を占めた。一方で、派遣時期は慎重に検討することを求める意見も一部から出された。また自民党の山崎拓前副総裁は、小泉純一郎首相を訪ね、自衛隊派遣の方針を堅持するよう進言した。(毎日新聞)



<日本外交官殺害>訓令改正後の弔慰金を初適用 外務省
12月1日
 外務省は1日、イラクとその周辺国で勤務する職員が死亡した場合に遺族に支払う弔慰金(賞じゅつ金)の最高額について、現行の6000万円から最大9000万円に引き上げる訓令改正を行い、今回のイラク日本人外交官殺害事件に初適用する方針を固めた。治安の悪化が続くイラクでの人道復興支援活動を行うにあたって「危険を顧みずに職務を遂行した功労に配慮しなければならない」(外務省幹部)と判断した。

 弔慰金制度は、危険な任務で死亡や障害を負うなどした国家公務員に支払うもので、各省庁が訓令で定めている。外務省はイラク復興特別措置法が成立した7月にさかのぼって訓令を適用する方針だ。これにより、奥克彦参事官と井ノ上正盛3等書記官の遺族には最高額が支給される見通しだ。

 また政府は、イラクに派遣された自衛官が殉職した場合、首相特別褒賞金(最高1000万円)を上乗せする方針だが、奥参事官と井ノ上3等書記官については、93年のカンボジア国連ボランティアで死亡した中田厚仁さんを例に、「海外の社会奉仕活動従事者への褒賞」(100万円)を贈る方向で調整している。【中澤雄大】(毎日新聞)


12月1日(月)
外交官殺害・自衛隊派遣に反対する市民団体
イラク北部で日本の外交官2人が殺害されたことを受け、イラクへの自衛隊派遣に反対する市民団体が抗議集会を開催した(1日午後0時40分すぎ、国会議事堂前)(時事通信社)



<イラク>韓国人2人死亡、2人重傷 日本外交官殺害と同じ道路
12月1日毎日
 【ソウル】韓国紙・朝鮮日報(電子版)によると、ティクリート南の幹線道路上で30日、米国企業の下請けとして現地の送電塔工事を請け負った韓国企業社員の乗用車が襲われ、韓国人2人が死亡、2人が負傷した。負傷者の1人は重体という。イラク戦争以降、韓国人の犠牲者が出たのは初めて。現場は日本外交官が殺害されたのと同じ道路沿いの数キロ南。韓国政府はイラク追加派兵を表明している韓国を標的にした攻撃の可能性も排除できないとして、バグダッドの大使館員を現地に派遣し情報収集を急いでいる。
 韓国は現在、イラク南部ナシリヤに工兵部隊と医療支援部隊の計460人を派兵している。
  ◇   ◇
 また、バグダッド北方で29日、民間建設業者らの車列が小火器で襲撃され、コロンビア人1人が死亡した。イラク駐留米軍が30日発表した。(毎日新聞)


屋台で停車時に襲撃 軍の警護なしと米軍当局者
11月30日共同通信
 【バグダッド30日】イラク駐留米軍当局者は30日、同国で殺害された日本人外交官2人はバグダッドからティクリットに向かう途中、屋台で食べ物や飲み物を買うために車を止めたところを襲われたと語った。
 同当局者によると、2人は軍による警護なしで移動していた。運転手を含め3人は襲撃された後、ティクリット病院に搬送されたという。



バグダッド南方でスペイン情報機関員に攻撃、7人死亡
11月30日ロイター
 [バグダッド 29日] バグダッド南方で29日、スペイン情報機関員の車列が攻撃され、7人が死亡した。
 スペインのトリリョ国防相が全国向けテレビ放送で明らかにしたところによると、このほか情報員1人が軽傷を負った。
 スペインは国内の反対を押し切って米英主導のイラク戦争を強く支持、約1300人の兵士をイラクに派遣している。
 北部ティクリートでも日本人外交官が乗った車が攻撃され、外交官2人が死亡した。(ロイター)


<イラク>日本大使館員2人殺害 車で移動中に襲撃され
2003-11月30日
 イラク北部のティクリート付近で、29日午後5時(日本時間同日午後11時)ごろ、日本大使館所有の4輪駆動車で走行中の在イギリス日本大使館の奥克彦(おく・かつひこ)参事官(45)=イラク出張中=と在イラク日本大使館の井ノ上正盛(いのうえ・まさもり)・3等書記官が襲撃を受けて死亡した。イラク戦争後、イラク国内で日本人が殺害されたのは初めて。政府はイラクへの自衛隊派遣を控え、事態を深刻に受け止めている。
 小泉純一郎首相は30日午前、東京・東五反田の首相公邸で、岡本行夫首相補佐官らと対応を協議した。首相はこの中で、「日本はイラクへの人道復興支援に責任を有する国だ。どのようなテロにも屈しない」と強調。全容解明とイラクの日本人の安全確保に全力を尽くすよう指示した。
 外務省によると、奥、井ノ上両氏が殺害されたのは、ティクリートから南方に10キロ〜15キロの地点。ティクリートで開催予定のイラク復興支援に関する会議に出席するため、バグダッドから向かう途中だった。事件に気付いた現地の人たちが3人をティクリート市内に搬送したが、2人はすでに死亡していた。
 運転手を含む3人の乗っていた車両は日本大使館所有で、車体の底部を除いて防弾装備を施した「軽防弾車」。ナンバーなど「日本の車両と特定できるようなものは取り外してあった」(外務省幹部)が、警備車両は付けていなかった。
 外務省は米英占領当局(CPA)と連絡を取りながら襲撃の状況や背景などの調査を急いでいるが、使用された武器は対戦車砲などで狙われたものではなく、小銃などの小火器の可能性が強いという。
 福田康夫官房長官は30日午後、外務省で川口順子外相から状況報告を受けた。福田長官はその後、記者団に、「状況から判断して、テロというような可能性が強い」と語った。
 外務省によると、日本政府には日本時間の30日午前0時40分ごろ、CPAから事件に関する第1報が入ったという。川口外相は同午前2時、外務省に緊急対策本部を設置し、小泉首相、福田長官に状況を報告した。同日午後、田中和徳外務政務官らを成田空港から現地に向けて派遣した。
 殺害された奥氏は早大政経学部卒で、大学時代はラグビー部に所属。81年に外務省に入り、01年10月から在イギリス日本大使館で参事官を務めていたが、今年4月からバグダッドの日本大使館に出張していた。一方、井ノ上氏は熊本大法学部卒で、96年に外務省に入った。アラビア語が専門で、昨年5月から在イラク大使館勤務となった。(毎日新聞)


米兵2人死亡、4人負傷 バグダッドで銃撃戦
10月10日共同
 【バグダッド10日】イラク駐留米軍によると、バグダッド北東部のサドルシティーで9日夜(日本時間10日未明)、パトロール中の米軍部隊が待ち伏せ攻撃を受け、米兵2人が死亡、4人が負傷した。AP通信などによると、米軍側との銃撃戦でイラク人2人も死亡した。
 サドルシティーでは9日、警察署前で12人が死亡する自爆テロとみられる爆発があったばかり。同日はこのほかにも、スペイン外交官が自宅前で射殺されたり、米兵1人が襲撃で死亡するなどの事件が相次いだ。
 サドルシティーはイスラム教シーア派住民が多く住む地区。9日の警察署前での自爆テロの際には、現場付近に数百人の住民が集まり「米軍がイラクに来てから多くの人が殺された」などとして、米軍の撤退を強く求めていた。




the site near Falluja, Iraq,
where a Chinook helicopter carrying G.I.'s crashed

米軍ヘリ、炎あげ畑に 「ついに撃墜」と興奮する住民も
2003年11月04日 朝日他
米軍ヘリ墜落現場となったファルージャ近郊のバイサ村では2日、米軍による現場作業を約100人の住民が遠巻きに見守っていた。「スンニ・トライアングル」と呼ばれる一角にあり、「ついに米軍ヘリを撃墜した」などと喜びを表す住民もおり、異様な興奮に包まれていた。
 畑の中のヘリの残骸(ざんがい)を、米軍車両約10台が取り巻いていた。のどかな村の上空を米軍ヘリが警戒し、羊やニワトリが爆音に驚いて逃げまどう。撃墜されたヘリの周囲は立ち入りが制限されたが、住民たちは家の屋上などから現場を眺めていた。
 住民のフセイン・アリさん(53)の自宅は、ファルージャの米軍基地を飛び立ちバグダッドへ向かうヘリの飛行経路のほぼ真下にあたる。これまでもヘリを狙ったと見られる爆発音はよく聞こえた。「攻撃する側の技術は確実に向上している。イラク人は米軍に出ていって欲しいと思っている。今にイラクはベトナムのようになる」と話した。

[バイサ(イラク) 2日 ロイター] イラク中部ファルージャ近郊のバイサで2日起きた米軍の大型輸送ヘリコプター「チヌーク」撃墜で、兵士15人の死亡と21人の負傷が確認された。
 米軍に対する1度の攻撃でこれだけの死者が出たのは、3月20日のイラク戦争開始以降で初めて。
 この日は首都バグダッドとファルージャでも爆弾攻撃があり、米兵1人と軍契約の米民間人2人が死亡。
 1日の間に死亡した米軍関係者の数としては、計28人が死亡した3月23日に次ぎ、開戦以降で2番目に多い18人を数えた。(ロイター)

<イラク>石油パイプライン爆発、炎上
 フランス公共ラジオによると、イラク北部サマラの南西約110キロ付近で1日夜(日本時間2日未明)、バグダッドと北部キルクークを結ぶ石油パイプラインが爆発、炎上した。2日、石油会社関係者が明らかにした。現場付近の農民は「強い爆発音が聞こえ、パイプラインの敷地が炎上しているのが見えた」と語った。(共同)(毎日新聞)



Monday November 3, 2003
16 die in attack on US helicopter
Michael Howard in Falluja and Gary Younge in Washington
The White House was under intense pressure last night to justify the mounting American death toll in Iraq after insurgents inflicted the deadliest strike against the occupying powers since President George Bush announced the end of major hostilities.
A US military spokesman said 16 soldiers were killed and more than 20 wounded when an "unknown weapon" struck a Chinook helicopter early yesterday morning, sending it spinning from the sky to crash in a field near the village of Hasi, six miles south of Falluja, a stronghold of anti-American militancy.
In another incident in the town, two American civilians working under contract to the US Army Corps of Engineers were killed when their convoy hit a roadside bomb, a military spokesman said.
Even before the attacks the American public's confidence in the administration's ability to stem the growing number of casualties and the escalating cost of the war had fallen to its lowest level, according to a poll released yesterday.
The Washington Post-ABC survey shows that the number of Americans who disapprove of Mr Bush's handling of Iraq has climbed to 51%, the highest level yet, while those who oppose the president's appeal for $87bn (£51bn) to finance the occupation have risen to 64%.
As the attacks on US soldiers increased to an average of 33 a day, the administration expressed regret for the deaths but vowed to pursue its present course.
Mr Bush was at his ranch in Texas but a spokesman travelling with the presidential group said: "Our will and resolve are unshakable."
The defence secretary, Donald Rumsfeld, said: "In a long, hard war we are going to have tragic days. But they are necessary. They are part of a war that is difficult and complicated."
Witnesses said they saw two missiles fired at the helicopter, which was one of two carrying more than 50 soldiers to Baghdad airport, reportedly to fly home on leave.
The attack ended a week of growing carnage that has exposed the deteriorating security situation and the increased vulnerability of US troops to resistance fighters.
Last Sunday a rocket attack on a hotel housing hundreds of coalition staff killed one and injured 15. A day later four coordinated suicide bombings in Baghdad killed 36 people and wounded more than 200.
Mohammed al-Qubaisi, a farmer, said he ran out of his house, half a mile away, when he heard the whoosh of missiles fired at the helicopter.
"They fired from a date grove. I heard the copter's engines getting louder, and then a big bang. I wanted to help, but couldn't get near because of American soldiers."
The second helicopter hovered over the stricken Chinook for some minutes and then set down, apparently to try to help extinguish a fire.
The incident was the third time an American helicopter had been shot down in six months. A Blackhawk crash-landed on October 25 in Tikrit after being hit by an unknown weapon, injuring a crew member. On June 12 an Apache attack helicopter was shot down in the western desert: two crew were rescued.

American officials said recently that hundreds of shoulder-fired surface-to-air missiles had gone missing in Iraq since the collapse of Sad dam Hussein's regime in April.
There have been many reports of such missiles being fired at aircraft as they approach Baghdad airport, but until yesterday none had struck to such devastating effect.
In Falluja a crowd of young men danced in the streets shouting anti-American and Islamic slogans at the news of the attacks on the Chinook and the contractors, who were engaged in destroying Iraqi munitions, which have been used to make roadside bombs.
"A roadside bomb struck a car and the four people inside were burned alive," said Ammar Majid, who works at a local car dealer's. "We were all very happy today."
In Baghdad a soldier of the 1st Armoured Division was killed just after midnight when a bomb exploded as his vehicle passed by.


イラク復興 ORHA第1陣で、外務省2人派遣
2003年4月23日毎日
 茂木敏充副外相は22日の記者会見で、イラク戦後統治の民生部門を担当する米国防総省の復興人道支援室(ORHA)への要員派遣の第1陣として、23日に英国大使館の奥克彦参事官、25日にイラク大使館の書記官をバグダッドに派遣すると発表した。【高安厚至】


南京
1937年12月13日の日記
第16師団の佐々木到一支隊長。
「この日、わが支隊の作戦地域内に遺棄された敵屍は1万数千に上りその外、装甲車が江上に撃滅したものならびに各部隊の俘虜を合算すれば、我が支隊のみにて2万以上の敵は解決されている筈である。…略… 午後2時ごろ、概して掃蕩を終わって背後を安全にし、部隊を纏めつつ前進、和平門にいたる。その後俘虜続々投降し来たり数千に達す、激昂せる兵は上官の制止を肯かばこそ、片はしより殺戮する。多数戦友の流血と十日間の辛酸を顧みれば兵隊ならずとも『皆やってしまえ』と言いたくなる。白米はもはや一粒もなし、城内には有るだろうが、俘虜に食わせるものの持ち合わせなんか我が軍には無い筈だった。」
…佐々木到一少将私記「南京戦史資料集」南京戦史編集委員会編、偕行社、1989年