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チェスについて

(3/30/01)

僕は日本史、特に通史を読むのが好きなのですが、一番のお気に入りは井沢元彦氏の逆説の 日本史シリーズです。逆説と言う割には本説に近いと思うのですが、氏の豊富な知識は外国 に居て日本を考えさせられることの多い僕にとっては非常にためになるものです。さてその 逆説シリーズの8巻に室町時代の文化のことがのっていましたが、中でも将棋に関して面白 い文がありました。つまり将棋とチェスの違いから日本文化が浮びあがるというものです。

日本ではあまり将棋はやらなかったのですが、米国に来てからよくチェスを嗜むようになり ました。セントルイスの大学の寮に居た頃、同室のルームメイトとよく寮の食堂でチェスを したものです。最初は幾年かぶりにチェスをした僕のほうが負けていたのですが、段々と良 い勝負となり、ルームメイトからは勝負の催促が来たものです。寮から出てからは彼とも疎 遠となり、ニ度と勝負をすることはなかったのですが、それからも彼女とよく一局打つか、 と時間を楽しんだものです。

将棋は親父から教えてもらったのですが、チェスは高校のときに米国人の友達から教えても らいました。教えてはもらったのですが、彼等は頭よりも体が先に動くという典形的なカン トリーの人だったので、じっくり勝負というわけには行きませんでした。チェスは将棋みた いなものと思っていたのですが、その「みたい」なものというのが井沢氏の考察からすると 日本と西洋の違いを表していたわけです。氏は特に駒の再使用という点から将棋は戦争ゲー ムではないと言っています。似て非なるもの。まず、チェスを覚えた頃に気付いた点はもち ろん再使用が出来ないということもあるのですけど、将棋に比べて動きが多彩だということ でした。将棋では香車は直進しか出来ませんし、桂馬もナイトに比べると動きが限られてき ます。当時はやはり米国のほうがフリーなのかな、なんて思ったりしました。駒の再使用が できないということは僕にとっては良かったです。なぜなら、駒は取り捨てですので勝負が 進むにつれて局は単純化します。駒が少ないほうが、相手の出方も読みやすくなりますし、 自分が打つときも危険な場所が読みやすくなります。

ルームメイトと勝負しているときも負ける時というのは出足につまらないミスで駒を取られ てしまったときです。逆にスタートのときから謀っていき、数手目で相手のクイーンやビシ ョップを取ったらこっちのものです。久しぶりにチェスをしたときはそういったミスでやら れましたが、慣れてくると始めから深く手を読みますので、膠着状態が続きます。そうなる とあまり取った取られたがなくなってくるので二人はかなり疲れてきます。僕はそのように 頭がパンクしそうになったら場を単純化することにします。自分の駒を積極的に自爆させる のです。もちろん死なせる自分の駒と同当の相手の駒を道連れにです。そうして単純化させ ることによって自分もそうですが、相手の手も限られてきますので戦局が簡単になります。

チェスはやはり戦争ゲームです。始めの頃、僕は手が読みきれずとりあえず意外な手を打ち 相手を攪乱させていました。それはじっくり事を構える彼にとっては狙い目です。太平洋戦 争に置き変えますと、真殊湾です。で、僕は敵空母を撃つこともなく、ミッドウェーで大打 撃をくらうわけです。そうなったら彼としてはしめしめというわけで、僕は完全に守りを固 めます。その沖縄決戦もやぶれ、東京大空襲を受けるはめになるわけです。その日は正にミ ズーリ(セントルイスはミズーリ州)で、無条権降伏です。逆に僕が真殊湾で成功しますと 僕の主導権から勝ちに持ってゆけます。キングを取るまでもなく、有利な条件で勝てるわけ です。日本海軍もそうあったならば、と思うのですが。また、戦局が膠着してきたときに僕 が駒減らしをすると、彼はカミカゼだと言いました。そうやって彼とは盤上での日米対決を していたわけです。

冗談ではありますが、僕が神風特別攻撃隊の真似で駒減らし、つまり戦い易くができるのは やはりチェスだからです。将棋なら「神風攻撃」をしてお互い駒を減らしても再使用できる のですから、意味がありません。格上の駒を取ればいいのですが、無理にしてもそれこそ正 に「神風攻撃」になってしまうわけですから失敗するでしょう。真殊湾攻撃(?)をしたと ころで失敗すれば相手に駒が行ってしまう、つまり相手がより潤おうわけです。実際は零戦 を撃ち倒したところで零戦が相手の攻撃力になってしまうことはありません。やはり将棋は 戦争ゲームでなく、井沢氏が言うようにマネーゲームですね。日本人の争い嫌いが将棋に影 響を与えているわけです。ルームメイトは「今日もやろうぜ」と言いましたが、チェスは戦 争ゲームなので、「今日も戦争しようぜ」のほうがしっくり来るでしょう。日本でそれを毎 日言われたら、常に戦争したがる主義者と思われるでしょう。やはり戦争ゲームは日本では ゲームであっても日本人の性格には向かないのだろうと思います。

ゲームと言えば昨今のテレビゲームは大層残虐になっているというのは皆思っていることで しょう。僕もプレステで「サイレントヒル」という化け物と戦うゲームをしたことがあるの ですが、銃で殺すシーンがとてもリアルでどうも楽しめませんでした。今の子は平気でやっ ていますが、親などの大人が神経質になるのはわかります。僕も含めて日本人はそういうも のなのでしょう。残虐が悪いというのではなく、ただ今の子供は時代のせいか日本人の感情 からより西洋っぽくなっているのだと思います。国際的になろう、と言われたことを実践で きているような気もします。離婚が増えたとか売春が多いなどはむしろ元々の日本人っぽさ だと思います。戦前はむしろ中国っぽい考え方だと思います。軍部も中華思想でしたし、道 徳も朱子学(宋学)に思えます。今の道徳や政治は平安時代に戻っているような気がします。 日本は明治まで対外戦争をほとんどしていませんから、日本人は対外的より内でもめます。 江戸までは国単位でしたから、いまでも国より地域を重んじています。選挙では外交面はほ とんど言われず、交共事業が幅をきかせています。親は何が日本っぽいか、何が西洋っぽい かを教えた上でモラルを考えさせなければいけないと思うのですが、思う以上に戦争の影響 が強いと思います。将棋とチェスの違いを考えると日本の問題も出てくるように思えます。

ちなみに僕はチェスのほうが面白いです。数学的には将棋のほうがはるかに高等なゲームで すが、やはり外国人、特に米国人と対戦する場合はやはり戦争ゲームのほうが張り合いがあ るのです。戦争ゲームであるチェスでは外国人には負けたくないと思うのです。

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K.Wakabayashi
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