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テロ事件、経緯と日本

(9/29/01)

テロのパニックは収まった感じがある。しかし事態は報復や戦争といった方向に進み、世界が緊張感 に包まれている。当の米国はどうだろう。またしても世界とはズレた奮囲気になっている。日本を始 め世界がテロリズムやイスラム社会に対して改めて事の重大さに気付き、慎重になり議論が進んでい る。世界では国家対テロリズムの戦いが長きに渡って続くことを認識。日本や欧州はじめ各国ともそ の対応はやはり慎重と言って良いだろう。そのには大きな不安がある。米国はどうもそういう認識は あまり多数ではないらしい。世界貿易センタービルが崩壊し、アメリカのシンボルが破壊されたこと への怒りがまず始めに来て、そのような被害にも屈しない強国というイメージで事更にナショナリズ ムに沸き、正義を振りかざしてすぐさま報復する道を取った。国土は星条旗で埋めつくされ、「ゴッ ドブレスアメリカ」ブームになっている。世界が慎重になりテロに不安になっているのだが、米国は 自分達のプライドが傷つけられたことで怒るばかり。そんな国民に逆らえないのか、又はそう国民を 煽っているのか、政府も議会も報復に全く反対せず、戦争とまで言いどんどん過激になっている。国 民は国民でそんな大統領を圧倒的に支持し、正義だ自由だと主張している。そこには慎重な対応はあ まり見られない。米国民というのは日本から見れば昔から極右である。日本の基準がおかしいところ もあるが、米国という厄介な国を抑えるのにナショナリズムは欠かせない。元々そういうところへ更 に拍車をかけた。ナショナリズムというよりパトリオティズムだ。政治用語ではナショナリズムは健 全なという意味もあり、国民が国に対して持つ感情で普通と思われている。パトリオットとなると少 し過激になる。閉鎖的な愛国主義というイメージだ。米国は今そういう状態だ。

アメリカは報復せざるを得ないだろう。何よりプライドが許さないし、アメリカはこれまで勝手と思 える行動まで自由を侵害すると正当化し軍事介入してきたのだから、今さら主張を引っこめるわけに はいかない。それにしても手際が良い。テロ行動の犯人をすぐさま特定して逮補までしている。つま り元々情報はあったのだ。情報をしっかり把んでいたからこそあれほど尽速にことが進んだ。しかし 情報を持っていてもテロを防げないのでは駄目だ。事件後、ビンラディンやイスラム主義の情報があ ちこちに出回っているが、それを見ると必ずしもアメリカだけが正しいとは言えない。フランスなど は今回の報復に対して少し腰がひけていると思われる。恐らく欧州では何となしにアメリカがイスラ エルの肩を持ち過ぎたと思っているのだろう。イギリスもアラビアの石油が欲しいのはアメリカと同 じだが、大英帝国の植民地政策と米国との違いは宗教についてだと思う。イギリスはクウェートなど の利権を取るためには過激だったが、宗教についてはそこまで触れなかった。宗教には触れず、あく まで政治的な政策を取っていった。イスラエルについても同様で、武力衝突を避けるために介入した りはするが、ヨーロッパにはそこまでイスラエルの肩を持つ理由がない。それはアラブに対しても同 じで、ヨーロッパは実利で動いている。ところがアメリカは宗教にも介入した。アメリカは民主主義 を守るためにイスラムを非難しているというイメージが凝り固まっているが、事はそれほど単純では ない。

まず米国はユダヤ人の国と言ってもいい。ニューヨークの金融を動かす財閥はユダヤ系である。それ にニューヨーク地域に住みだしてよくわかるのだが、この辺りは非常にユダヤ人の影響力が強い。ニ ュージャージー州などユダヤの戒律がそのまま州の法律となっているケースがある。例えば僕が住む バーゲン郡では日曜日にほとんどの店が閉めてしまう。デパートでやっているところはない。公共の 場所ならともかく商売的におかしいではないか。そして日曜は衣類や電化製品の売買も法律で禁じら れているのである。ショッピングモールはレストランを除いて全て休業している。僕が常時行く日系 のスーパーは日曜日にも当然営業している。しかし電化製品だけは買えないのだ。電化製品のセクシ ョンだけ買えないので余計に目立つ。何故なのか、意味がわからない。しかし考えてみるとこれはユ ダヤのサバート、つまり安息日なのだと解釈すれば納得する。つまりユダヤ人は宗教で一切働いては いけない日がある。それを州の法律にしてしまったわけだ。日本人から見ると誰がユダヤ系なのか見 た目ではまずわからないが、僕が実際に会話してみると会話の中から解る。実際とても多い。第一、 そのような法律に誰も文句を言わない事からして予想できるだろう。今、米国と言ってしまったが、 セントルイスではこんなことはなかった。今回ニューヨークが狙われたのもユダヤ人が多いというの も理由の一つであると確信する。過激なイスラム教徒から見ればニューヨークはユダヤ人の街なので ある。事実ヨーロッパでは米国がイスラエルの肩を持ち過ぎることを気分良く思っていない。そして その理由もしっかりわかっている。

ソ連のアフガン侵向の時、米国はこれを抑えるために対立勢力に支援した。ビンラディンと米国は仲 間だった。しかし湾岸戦争のために米国はイスラムの聖地サウジアラビアに軍を留め、これを支配下 に置いた。米国は自分たちのシンボルを侵害されたと怒っているが、イスラム側からすれば最初にシ ンボルを侵害したのは米国のほうになる。元々イスラム教徒というのは他宗教に関しては寛容である。 イスラム教徒の人が日本で暮らしていても別に日本人にイスラム教徒になりなさいとは言わない。日 本人が別の宗教を持っていてもそれはそれでよい。むしろキリスト教徒のほうが釈伏(強引に勧誘す ること)に積極的である。ただし日本人であろうが、一度イスラム教徒になったら戒律を守るために 厳しくなる。また全くの他宗教ならいいが、イスラム教の異端に対しては許さない。イランなどがそ うで、イスラムの教えを曲げることに対しては戦う。また他宗教には寛容なのだが、他宗教がイスラ ム教を攻撃しようとすることに対しては必死に守る。これが所謂ジハード(聖戦)なのだ。その点が 誤解されがちでイスラム教徒は戦いの望んでいると思われている。だから例えば日本にいるイスラム 教徒の人はイスラムを強引に拡めようと思わないし日本人の習慣も理解している。しかし日本人でも イスラム教を非難したり攻撃したりすれば、彼等は教えを守るために戦うわけである。要は「触らぬ 神にたたりなし」とでも言おうか、和を大切にし他人との争い事は避けたがる日本人は、元々イスラ ムの人達とは平和に付き合える性質がある。勿論彼等の習慣を理解しなくてはいけないことが前提だ が、日本人も元々相手から喧嘩を売られなければわざわざこちらから買うような民族性ではない。

ではキリスト教徒はどうだろうか。これが厄介なことにどんどん介入していく。そしてキリスト教こ そ正義であり、そこから生まれた強い差別意識(優越感)がある。歴史的にはキリスト教側から喧嘩 を売ったと言えると思う。代表的なのが十字軍である。既にイスラム側の土地になっていたエルサレ ムにわざわざ戦いに行ったのである。おまけに自分達が正義と信じきっているから始末が悪い。実は イスラム教徒と日本も同じである。漢民族の中国はヨーロッパに勝るとも劣らない覇権主義だったが、 新羅以降の朝鮮のように中国皇帝に朝貢し臣下となれば中国はそれで満足だった。漢民族でない元が 統治した時代のみ朝鮮が武力支配され、そのために日本まで攻めてきたのである。中国はヨーロッパ に対しても彼等が中国皇帝を認めれば争いは起こすことはなかっただろう。しかしヨーロッパは強引 に戦争をしかけ中国を植民地にしてしまった。北からはロシアが、南からは英仏蘭が序々に勢力を伸 ばしてくる段階で日本は戦争にふみ切ったのだ。古くは戦国時代にスペインとポルトガルが日本に攻 めてきた。キリスト教徒は他宗教を認めないから布教とは結局武力支配になる。この時は秀吉や家康 がキリスト教を禁止し何とか追い出した。話は逸れるが、もし信長の時代だったらどうだっただろう。 信長は比叡山焼き討ちや一向宗断圧などで誤解されているが、宗教には寛容だった。信長はその後も 天台宗も本願寺も信仰そのものを禁止していない。ただ宗教団体が持つ武力を鎮圧しただけである。 信長は多分キリスト教も禁止しなかったはずだ。武力対決にはなっていただろうが、日本にもキリス ト教が浸透し結局はキリスト教徒が勢力を持ったはずである。話を戻すが、現在の中東問題はやはり イスラエル建国が大きな要因であることは疑う術もない。そのイスラエルを支援し続けたのが欧米で あり、その中心は自国に多数のユダヤ人を抱える米国である。これは強引すぎた。十字軍と全く同じであ る。パレスチナ人が怒るのも無理はない。自分たちが住んでいた土地にユダヤ人が勝手に入ってきて ここは自分達の土地だと言い、パレスチナ人を虐殺したのだから。ユダヤ人がこの地に居たのは遥か 昔のことで、エジプトやバビロンなどの侵略で民族は散り散りになっていた。ユダヤ教の神が聖書の 中でカナーン(パレスチナ)の地をユダヤ人に約束すると言っていても現実にはそこに長い間住んで いた民族がいる。宗教とは言え無理があるのではないか。そのためユダヤ人は長い間帰れなかった。 聖書を信じることは忘れなかったが、現実と向き合った生活をしていたのだ。聖書と現実のバランス がもう少し現実の生活側に比重が傾けばユダヤ人は欧州諸国に馴染み普通に生活していただろう。ユ ダヤ人としてのアイデンティティーは無くなったかもしれないが、強烈な迫害もなかっただろう。土 地を奪われた民族の辛さだが、そうしてアイデンティティーが消えた民族は数多い。しかし実際はヒ トラーの過激な迫害によってより一層民族の精神が生まれ、イスラエルに力づくで戻ってしまった。 イスラエル建国が中東問題の始まりだと思うから、イスラエル建国がそもそも争いの始まりである。 ユダヤ人はカナーンに帰っても良かっただろう。しかしそこに居たパレスチナ人の国の枠内で生活す ればどうだったか。欧米は、パレスチナ人から迫害を受けないようにユダヤ人の生活を保証するため だけの支援(武力を含んでも良いが)に留めなければならなかったと思う。そうなっていれば和平も まだ道があったかもしれない。パレスチナ人の国の中にユダヤ人が生活していれば、妥協はありそう なものだ。ユダヤ人の権利を獲得してパレスチナ人に協力した国家になれることもあっただろう。欧 米は監視役に徹すればよかった。しかし欧米はユダヤ人の国家を造ってしまった。ユダヤ人は迫害さ れない権利どころか自分達の国家を持てたわけで、これを譲る妥協がある筈もない。逆にパレスチナ 人はユダヤ人を受け入れ共に生活を強要されるどころか、国を奪われてユダヤ人に追い出されてしま った。おまけにエルサレムが欧米とユダヤ人に手の中に入ってしまったのだから、イスラム教徒は自 分達の聖地(第三の聖地)を奪われたわけだ。ユダヤ人が入植してくる程度なら時間をかければ解決 できただろう。しかしエルサレムを取られ、同朋のパレスチナ人が追い出されたとなれば、最初から 争いが起こるのは目に見えていた。第三の聖地を奪われた上、今度は米軍のサウジ駐留である。今度 は第一、第二の聖地が奪われようとされるのだ。イスラム教徒が聖戦を謳うのも理解できないことで はない。

さて日本の立場だが、考えると日本はキリスト教徒の横暴とイスラム教徒の過激な反応の間に立たさ れた感がある。米国は報復と断言しているが、この報復が報復による報復の報復のようなものである ことがわかる。つまりやられたらやり返すの連続だ。イスラエル建国どころか遥か昔からのいがみ合 いにも近い。しかし他人事ではなくなっている。イスラム側にしてみれば日本は立派なキリスト教徒 側である。第二次大戦前までは非キリスト教国である中東やインドなどから見れば日本は少なくとも 敵ではなかっただろう。しかし戦後日本が米国にべったりとなり主体性を持たずにやってきたことが 彼等の認識を変えた。湾岸戦争で日本は莫大な金を出した。明らかに欧米、すなわちキリスト教側で ある。欧米は日本のことを血を流さないと批判したが、敵のイラクから見れば日本の資金はかなり憎 かった筈だ。実際日本ではニュースにもなっていないが、フセインは湾岸戦争の敵国の位置付けで日 本を米英に次ぐ第三の主要敵国にしているとの記事を欧米のメディアから見つけたことがある。日本 は味方に批判され、敵にはばっちり恨まれているのである。日本人はそこまで意識していないが、日 本は既に深く関わりを持ってしまっている。おまけに欧米諸国に比べ国防はかなり手薄な日本はテロ をし放題である。これも戦後、自前の軍隊もしっかり持たず米国にいいようにやられてきたツケだろ う。しっかりと独立国として意見を持ち、世界に敏感だったならばこんなナシ崩し的にズルズルと巻 きこまれるだけで対策も脆弱なままということもなかっただろう。今はイスラム教ばかりがクローズ アップされているが、北朝鮮も同じと思わなくてはならない。北朝鮮の場合、ビンラディンより強力 な兵器を保持している可能性も高く、イスラム原理主義と同じく死をも厭わない怖さもある。既に手 遅れかもしれないが、糾ちに日本を守らねばならない。この後に及んでもまだ自衛隊法にいろいろと ケチをつけて反対する政治家が多過ぎる。慎重にならなければならないのは解る。事を焦って冷静さ を欠いては本末転倒になる可能性も高い。しかしながら焦っていない(と思える)政治家が多過ぎる。 彼等鈍感な政治家を暗殺するテロなら無差別テロよりよほど日本の国益になるのだが。

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K.Wakabayashi

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