横綱・朝青龍
(01/31/03)
朝青龍が横綱に昇進した。若干22歳で史上最速の出世である。彼はご存知モンゴル出身で、母国では最も有名な人物なのだそうだ。 私が一番最初に朝青龍を見たのは貴乃花がケガをして長の休みに入った直後あたりであった。武双山に負けて随分と悔しがっている 顔が印象的だった。モンゴル出身というのは珍しくなかった。旭鷹山も好きだったからだ。一番珍しかったのはその気合である。力士の くせに実に解り易い喜怒哀楽を見せていた。それも土俵の上で、である。
この若武者はすぐに台頭してきた。琴光喜が優勝した場所で、ライバルとして勢いを放ったのは朝青龍である。この時点では琴光喜に 敗れて相手に先を越された感じだった。その琴光喜は優勝後に大関候補最有力と言われて、本当に直前まで駆け上がった。しかし 大関陣が多いことや成績にムラがあることを理由に昇進はならず。その後は気力が萎えたようにケガから転落というお決まりのパターン に陥ってしまった。ライバルの朝青龍はと言えば実に安定した相撲を取った。安定というか、彼は格下に負けない。ただし優勝まで 突き進むのかと言えば後半には黒星が目立つ。実力不足か体力不足かはわからないが、前半から勢いに乗りすぎて後半に失速する 場所が続いた。
いつだったか忘れたが、ある場所から彼の取り口が明らかに変わった。それまでは勢いに任せた強引な突き押しが主流だったが、自ら 四つに組むようになったのだ。栃東との大相撲も結果かもしれない。当時貴乃花のいない大相撲で一番人気は栃東だった。正当な四つ 相撲がパワー中心になってきたつまらない相撲の中で光ったのだろう。その栃東に朝青龍は張り手で立ち向かった。小気味のよい 寺尾の突っ張りとは違い、手数と力に任せた若い突っ張りだった。なんとかまわしを取ろうと踏ん張る栃東と押し切ろうとする朝青龍。 なかなか見ごたえのある一番だった。ところが二人が組んだところで行司が止めた。栃東が鼻から出血したのである。格闘技っぽい 荒々しい一番であった証明だが、この突っ張りが後に随分叩かれた。「あの突っ張りは下品だ」、と。
朝青龍は突っ張りに頼るのをやめたらしい。四つでも十分取れるようにするための変化だった。これが結局功を奏したと思う。朝青龍の 持ち味はスピードとキレにある。そして反射神経というか相撲感が抜群に良い。まわしを取る早さ。そこから間を入れずに相手を揺さぶる。 モンゴル相撲出身の彼は元々投げが強い。常にスピードで勝ち、相手に相撲を取らせぬまま倒す。これがはっきりと朝青龍の強さに なった。千代富士を思わせる鋭い動きと、全体の相撲界に蔓延している無気力な中での孤軍奮闘。面白い力士が現れた。
大関以上になるとそれぞれ持ち味がしっかり出てくる。曙は強力な突き押しで相手をふっとばし、貴乃花はまわしを掴んだら絶対に離さず 万全の体勢で寄り切る。武蔵丸は重さで相手を圧倒。魁皇は怪力に物を言わせた小手投げ。千代大海は一気の突進。それぞれ個性 的である。ところが最近、この面白い連中は元気がない。曙は膝のケガから引退。魁皇は慢性の腰痛。千代大海は引いて自滅してしまう 悪い癖。そして貴乃花もケガで長期戦線をはなれ、ついに先日引退した。武蔵丸の体格にものをいわせたパワー相撲の前に敵はいなく なった。期待された栃東も大関に昇進してからは守りに入ってしまってさっぱり相撲感が戻らない。大関には武双山もいるが、この武双山 は優勝争いにも絡めない凡大関である。本当なら貴乃花去りし今、朝青龍は拍手で迎えられる新ヒーローなはずだ。
朝青龍はどうも運が悪い。今回もなんだか仕方ないから横綱にさせたという空気を感じる。まず彼が外国人という点である。武蔵丸と並んで 東西の横綱が外国人になった。実力の世界なのだから強かったら横綱になるのは当たり前である。品性という点で彼は非難される。 まだ22歳。発言や態度が目につくことが多い。そんな声が多く聞こえる。なんだか日本人の悪い部分が出ている感じがする。品性を問題 にするのは小錦以来、外国人が出世するときに必ず言われることだ。品性とは何か。曖昧な表現で外国人を差別しているようにも聞こえる。 例えば貴乃花が貝のように口を閉ざして何も語らなかったのは何か。集中しているからと肯定的にもとれるし、何を考えているかわからない と否定的にもとれる。結局見る側の勝手な都合だと思う。不祥事でも起さない限り、人間の性格をとやかく言うべきではないと思う。 違う文化で育った者に完全に日本人化せよ、というのもどうかと思うからだ。今回も朝青龍が横綱になったわけで、モンゴル人が横綱に なったなどと考えるべきではない。米国ではイチローが首位打者をとったとは言うが、日本人が首位打者をとったとはあまり言わない。 あくまで個人を称えるべきで、すぐに外人と考えるのは同じ日本人として今の時代にふさわしくない。外国人横綱が嫌ならはじめから 外国人を入門させてはいけない。入門は許可しながら、その者が横綱にあがったときだけに文句を言うのはおかしいからだ。
そして運が悪いのは他の力士の欠場問題である。朝青龍は横綱昇進を決めるために優勝した2場所で大関以上とは3回しか対戦して いない。貴乃花も含めて初場所の番付には2人の横綱と自分の他に4人もの大関がいたのに、対戦したのは千秋楽の武双山戦だけ だった。本当に強いかどうか判断するには対戦が少なすぎる。こんな批判もある。確かにそう思うのも一里ある。全員と対戦していたら 連続14勝より少し数字は減ったかもしれない。しかしそれは後の祭りである。対戦できなかったのは朝青龍のせいではない。彼はその 分他の力士と戦って勝ったのだから不戦勝でもない。彼は与えられた課題はこなした。問題にするなら休んだ力士にするべきである。 否、休ませた協会の責任である。ケガ人が多いなら、場所を少なくするとか、巡業を減らすとか対策はあるはずだ。上位ばかり休んで 情けないというなら公傷制度を廃して土俵に立てない力士は大関以下と同じように下位に落とせばよい。ケガで落ちてもケガが直れば また復帰する位置まで上がれるだろう。上がれなかったらそれまでの実力と判断すればよい。貴乃花が1年半も休むなど基準が実に 曖昧になっている。相撲協会は自分でどうにかするべきだ。結果を残してきた一人の力士を悪く言うのは全く筋違いである。
朝青龍はハングリーだと思う。横綱ともなればモンゴルの首相より給料は良いだろう。横綱の給料と言ってもサッカーや野球のトップ プレイヤーと比べたら大したことはない。それでもモンゴルの物価から言えば相当な金額である。金だけではないとしても彼のモチベー ションはかなり高い。日本で有名になろう、と思ってくれるのは日本人としては実に嬉しいことである。そして物凄い努力を重ねて最高位 まで上がったのだ。品性などは同年代の日本人とさほど変わらない。モチベーションでは日本人の22歳ではなかなか敵わない。思うに 品性などは後からついてくるのである。水は器の大きさに収まるのである。相撲協会のお偉いさん達は皆元横綱や大関という肩書きを 持っていらっしゃるが、貴乃花人気におんぶにだっこで先の事まで目を向けなかった。人の品性に文句が言えるのか疑問である。
私はそんなことで横綱朝青龍が大好きになると思う。あの鋭い相撲を続けてくれる限り彼は強さを保ち続ける。