「世界選手権疾走記録 3」 |
3月19日(月)
快走(男子予選B組、A組前半) 昨日無事にチケットは受け取れた。しかしネットで買ったチケットがまだ手元にある。 誰かに引き取っていただかねば。まあカナダだからすぐに引き取り手はつくだろう。 駅へ向かう途中にスターバックスで朝ごはんを買い、7時過ぎに会場に到着する。小雨がぱらついて結構寒い。 チケット取り扱いの窓口らしき所が見つかるが、どうも当日券の発売はない様子。誰も順番待ちをしていないし、窓口さえ開いていない。とりあえず適当な場所に陣取り、チケットを持っていなさそうな人を探すが…いないのだ、これが。ようやく一つだけ窓口が開き、そこへ向かう人もいるのだが、全員チケットを持っている。 四人連れの人が窓口へ行く。チケットを持っていなさそうなのだが、四人ではコンタクトのとりようがない。窓口に用のありそうな人が来ないので、その四人をしばらく観察することになった。 小柄な三人に混じり、一人だけ長身の兄ちゃんがいる。フェレイラ君に似てるなあ…とは思ったが、ああいう濃いラテン系の顔の兄ちゃんはいくらでもいるから人違いだろう。しかしちょっと待て。あの兄ちゃんと話をしている小柄の男の人、フェレイラ君のコーチに似ている。それにその横の女の人…間違いないフェレイラ君のお母さんだ! なんで国内戦三位の選手が窓口でチケットの受け渡し(?)をしているんだろう。関係者用のパスはないのだろうか? 結局彼らは車いすの人が前に使った入り口から入っていった。あーびっくりした。 周りにいるダフ屋のおっちゃん達でさえ苦戦している状態で、結局引き取り手は見つからなかった。よく考えてみれば今日は月曜日。いくら日本より休みを取りやすそうでスケート熱が桁違いなカナダとはいえ、月曜日の朝8時30分に始まる男子予選を初めから見に来るのはかなりディープなファンの域に入るだろう。そこまでディープなファンならチケットは当然確保しているというものである。甘かった。 開始時間を間違えて覚えていたのだろうか、会場に入るとウォームアップが始まる直前だった。うわー田村君とキュヒュン君がいる!荷物を置いてカメラを出してとバタバタしているうちにウォームアップが終わってしまう。 田村君は始めのジャンプはすっぽ抜けたが、クワド+3トウをしっかりきめていい出来だった。NHK杯といいすっかりクワドのコンビネーションが身についた印象。田村君のクワド+3トウといえば思い出すのが大阪の四大陸選手権なのだが、あの時と比べるとかなり余裕があるのでは。 点数が出るまでの間、天井の四隅の電光掲示板に「YAMATO TAMURA JAPANESE NATIONAL CHAMPION」と表示されているのが目についた。ずっと見ているとコーチ、振付士の名前、使っている曲の名前とメディアインフォメーションに載っている情報の一部が順番に表示されていく。おおっ親切! 演技を見て「今まで知らなかったけどこの選手いいじゃない」とか「この曲知りたい」と思った時に、メディアインフォメーションがなくてもすぐ情報が手に入るのだ。さすがカナダ、これはいいアイディアだわ。 第四滑走のキュヒュン君が名前をコールされても出てこない。ちょっと、棄権!? 昨日の公開練習も滑らずに帰ったのでケガをしたのかとは思っていたが、ウォームアップで出てきたので大丈夫と思っていたのに…。上下黒で普段着にしてもあまり違和感がなさそうな衣装だったと思う。写真一枚も撮ってないよ……(泣) 第二グループの一番滑走がサンデュー君、二番滑走にエルビスとカナダ勢が続く。男子予選の早い時間でもさすがカナダ、席は半分も埋まってはいないが既に日本でのプルシェンコ並みの盛り上がりである。(この比較はわかりにくいか) リンクの出入り口のほぼ真ん前にいたエルビスは隣にいたスタニック・ジャネットに手を差し出す。笑顔で握手をする二人。そのあと奥へ戻って他の選手に握手をしに行く。「捕まえに行った」とはKの弁。同じグループの選手には一通りコンタクトをとらないと気がすまないのかな? ウォームアップ開始。衣装の全貌がやっと見える。 か。 かっちょええ―――!!! ちょっと兄さんハマリすぎ!あの手の服を着たら一番ハマるのはわかりきっているのに、ここまで正統派で来るなんて反則一歩手前や!! とK相手に本当にまくしたてた私。周りから見れば何を言っているかわからない分怪しい東洋人の出現である。すみませんね。 しまったエルビスのあまりのかっこよさに興奮していたのでウォームアップで何を跳んだのか始めの方は覚えていない。2アクセル+3トウ、2アクセル+2トウ。その後でクワド+2トウをきれいにきめた。昨日の雰囲気からは意外な展開。 サンデュー君は前半よかったのだが中盤にジャンプの連続ミスがあった。転倒から壁にぶつかり、足が開いた状態でしりもちをついてしまい演技が止まる。 しかしここからが去年までと違っていた。「あーやっちゃった(笑)」というような笑顔で立ち上がって演技に戻り、終盤のディスコティックで弾ける振り付けがさまになっている。今まで彼には神経質なほど繊細なものを感じていただけに、これにはびっくりした。ひょっとしてこっちが地? 昨日通しで見たとはいえ、プログラムを初めて見る時は別の意味で一番緊張する。 出だしの女性のボーカルが入るスローパートと次の危機が迫ってくるアップテンポはスケートファンにはおなじみの部分。 クワドのコンビネーションで始めのクワドは降りたのだが、ランディングでこらえられずにステップアウト。ターンを入れて3トウを足す。クワドのソロで手をつく。ループはきめたものの、アクセルで手をつく…というよりは転倒、次のアクセルはダブルか。 この後からやっとエンジンがかかった。大空を舞っているようなエルビスらしいスローパート、行進曲のような終盤へのステップでは会場から手拍子が起こる。そして最後はグラディエーターのメインテーマとも言えるメロディー。高速スピンに会場全体が盛り上がり、スタンディングオベーションも。会心の演技だったと錯覚させるほどに。 散々…といえるほどの出来だったが、不思議に気分がそれほど沈んでいない。 そうだったのか。そう解釈したのか。マキシマスとはそういう人だったのか。今はそういう思いの方が強い。 今シーズン、私はあえて映画「グラディエーター」を見なかった。 映画についてはあらすじとメインの登場人物を把握する程度にとどめておいて、印象が植えつけられていない状態でエルビスの演技が見たかったのだ。 一見地味なプログラムである。 アカデミー賞を総なめし、DVDの車内広告に「妻子を奪われた男はたった一人でローマ帝国への復讐のため立ち上がった」という内容のキャッチコピーがつく映画の世界を氷上に持ち込んだものではない。もし採点基準が「映画を再現する」というものであったなら、一部のジャッジに好かれはしても点数は出ないだろう。 もともとエルビスは元の映画を氷上にあまり再現しないタイプだと思う。戦いのイメージを再現するよりもむしろ映画「グラディエーター」を見てマキシマスというキャラクターに惹かれ、色々考えも想像もして自分の中で消化し、映画の事は考えずにサントラだけを使って氷上に一人の人物を描き出したのではないだろうか――というのは考え過ぎか。衣装は映画を意識したものなのだから。 エルビスの解釈で作ったマキシマスのサイドストーリー。それが私の印象である。 しかし。 一見映画から遠ざかっているようで、実はマキシマスというキャラクターをしっかりとらえているのではないだろうか。衣装の光沢を抑えたゴールドでさえそのイメージを思い描くヒントをくれる。だから皇帝は自分の息子を廃してこの彼に位を譲ろうとしたのか。 この彼が妻子を殺され、全てを奪われた所から映画「グラディエーター」は始まったのだろう。もしそうなっていなければ彼は名将軍とも名君とも、いやそういう階級を離れても歴史に記される存在になっていたのかもしれない。 さすがエルビスである。グラディエーターもただでは滑らない。 ジグソーパズルでポイントになる1ピースが見つかった気分。やはりこの人がいなくては。 しかしクワドもトリプルアクセルも入らないのは競技としてあまりにも痛い。 最終グループに残るだろうか。 ウォームアップでクワドを派手に転んでいたスタニック・ジャネットは、本番でもところどころジャンプを落としていたと思う。このフリー、テンポがつかめないサウンドと引きつったような振り付けが独特の雰囲気を出していて好きなのだが、この引きつった動きのためにジャンプ以外の点で出来がいいのか悪いのかがわかりにくい。 昨日の公開練習では一人飛ばしていたシュメルキン。おしゃれで都会的な曲(swing)にコミカルな表情、弾けるような動きで本当に去年とは別人の演技。ああジャッジ側で見たい。大阪NHK杯とオリンピックで見た時の彼が戻ってきた! しかしどうしてもジャンプがきまらない。練習で降りていたジャンプもほとんど全て転倒、終盤のループをミスした時にはいらだちが爆発した様子。 演技が終わり、ジャンプ以外に魅せる要素があるのをわかっていた観客から大きな拍手が起こる。しかし本人には届いていなさそうだ。 若手のように悔しがる男子シングル最年長の彼。来年長野に来るよね。 製氷中にメディアブースを見てみると、カナダのブースに服を着替えたエルビスがいる。インタビューかな?しかしやり取りを見ているとどうも雑談をしている様子。そのうちすみっこのいすに座って居着いた。そこで観戦するんだろうか?そのようである。 メディアブースで観戦する選手は初めて見た。確かに特等席だわ(笑)。 第三グループには成江と張民がいる。この予選グループの中では実績がエルビスに次ぐ存在の彼ら。もう気楽に応援する存在ではない。 あのエルビスは抜かなきゃだめだよ。 抜かれてほしくないとも思い、抜いてほしいとも思う。 どちらも真実。 このグループはメデリンもいるんだった。忙しい。 Mauricio Medellin(メキシコ) 前日の公開練習で既に登場済みだが、去年の大阪四大陸の公開練習でリカルド先生が自分の練習をしながら面倒を見ていたのが彼。今年はメディアインフォメーションの彼のコーチの欄にはリカルド先生の名前が載っている。 14才からスケートを始めた彼はジャンプが全てダブル。エレメンツをこなすので精一杯で振り付けに凝る余裕がない…というか、有り体に書いてしまうと振り付けというものがない。しかし曲がなじみのいいピアソラのタンゴであることに加えて曲が盛り上がる部分にエレメンツが入るので、見ていてそんなに退屈はしない。 問題のルッツは昨日の練習と同じように長い助走をとってダブル。さすがに本番には入れなかったか…と思いきや、最後の最後で果敢にトライ!両足だったと思う。 去年は顔立ちの整った子供という外見だったが、少し精悍さが出てきた。実は5年後が楽しみなタイプなのかもしれない。 張民はのっけにソロのクワド。確かに去年よりはジャンプ以外の面の密度が濃くなったが…どうも「より上を目指してプレゼン対策やってます!」と言わんばかりに無理してひらひらの服を着ていた去年の郭君を見ているようなのだ。まだ張民の方が音感はありそうだが。 特によくも悪くもなくエレメンツをこなしていったが、中盤でジャンプを連続ミス。終盤にクワドのコンビネーションを入れるかと思っていたが入っていなかった。 成江は始めのクワドがすっぽ抜けたが、ジャッジに向かっていく所でクワドサルコウ+2トウをきめる。 しかしこの後が悪い。中盤でジャンプを3連続ミスしてクワドサルコウのインパクトが消滅した。スローパートはNHK杯より退屈せずに見られたが、これだけミスをしては…。 公開練習ではほとんどクワド(トウループ)をやっていなかった成江。クワドサルコウの魔に捕まってないか!? 第三グループを終わってもエルビスが一位。あと一つしかグループが残っていない。 アンソニー・リウの始めのクワドと次のトリプルアクセルのミスは既に予想がついてしまっていた。去年と似た路線の曲とプログラム構成であるが、去年より身のこなしが洗練されて振り付けも身についていたのだが…。 いい演技をした選手もいるのだが、どうもエンジンがかかりきらずにどんどん私のテンションが下がっていく。ちょっと、このままで行くととんでもない展開になるよ!? 世界選手権でここまで荒れては困る。本田君頼むよ。 その本田君、始めのアクセルをすっぽ抜け(多分)、次のクワドをステップアウトした時には暗い気分になったが、そこから先をしっかり立て直した。悲しみの進行過程を描き出したようなこのプログラムは将来ローリー・ニコルの代表作に挙げられることになると思う。それをしっかり自分のものにした演技はこのグループではもはや貫禄を感じさせる。いつの間に期待の若手ではなくトップクラスの競技者になっていたのか。 これはいいものを見た!当然エルビスの上。 しかしクワドを持っているほとんどの選手が失敗して演技が崩れてしまうとは。そこまで氷の条件が悪いのだろうか? 会場内を一回りしているうちに予選A組が始まる時間になってしまった。売店の食べ物が充実していて、会場内は飲食禁止でないようなのでプレートを持って本格的にハンバーガーやフライドポテトを食べている人があちらこちらにいる。しかし既にウォームアップでスケーターが滑っているのだ。うわーエルドリッジが目の前を滑っている!おなかは空いているがとてもごはんを食べられる心境ではない。 私から斜め前の最前列で5、6才くらいの金髪のかわいい女の子がお父さんと一緒に座っているのだが、この子が半袖のワンピースでアイスクリームを食べている。今はいいけどあとから冷えてくるのに大丈夫なの!?…大丈夫なのね(^^;) よりにもよって予選A組の第一滑走を引いてしまったエルドリッジ。世界選手権に向けてフリーを「1492」に変えてきたという。「1492」といえばエルビスが96年エドモントン(プラスその前年のバーミンガム)の世界選手権で滑っているので、そっちの方向にも意識が行く。水夫を連想したその時のエルビスの衣装と違い、エルドリッジには珍しく輝きのあるゴールドを使った衣装は提督のものだろうか。 さてどう演じてくれるのか。 という様子見の意識は始めのストレートラインステップで消えた。 海………! そこからどんどんジャンプをきめていくのでテンションの上昇が止まらない。見慣れていない逆回転のジャンプなので何を跳んだかほとんどわからないのだが、これだけ会場が盛り上がっているのだから全部きめたに決まっている、というかこれだけ勢いがあるのだから回転数はもう関係ない(選手はそうはいかないが)。調子がいい時のエルドリッジのスケートには「さわやかなので気づかないが実は暴風一歩手前の初夏の風」という印象を持っていたが、ここまでくるともはや暴風である。いや、新大陸を目指す提督が乗る船を運ぶのだからそれくらいの風がふさわしい。 たたみかける連続バレエジャンプ、そして誰も真似できない高速スタンドスピン、新大陸発見の先の栄光へ向けて。これがトッド・エルドリッジ!! これがトップクラスの、これがシーズン集大成の世界選手権で見せる演技。過去三回世界選手権を生観戦したが、予選でスタンディングオベーションしたのは初めてだ。エルドリッジにとっては3年ぶりの世界選手権。ジャッジに、スケートファンに、ライバル選手にまさに「トッド・エルドリッジを忘れるな!」と楔を打ち込んだ演技である。予選の組が違っていて助かった(笑)。 ファイナルから一ヶ月、別人のように完璧な演技を見せたゲイブル。エルドリッジといい、B組の沈滞ムードはいったい何だったの(^^;)周りの観客がほとんどスタンディングオベーションをしていた中で座っていた私とK。ゲイブルには悪いがいい出来の演技とスタンディングオベーションをしたくなる演技というのはまた違うのだ。 周りが座っている中で一人だけスタンディングオベーションをするのは海外では勢いにまかせてわりと簡単にできるが、周りがスタンディングオベーションをしている中で座り続けるというのは結構度胸がいる。 勢いがありすぎて転ぶんじゃないかと思ったクワド+3トウをめいいっぱいふんばった運飛。細くてもろい印象があったのでこれには驚いた。去年ほどの個性もアクもないのが物足りないのだが、トップクラスを目指して本格派への路線変更をしている途中なのだろう。がんがん滑って観客を引き込んだところで音楽が終わる。さあ展開が変わるスローパート… 音楽が流れない。 ちょっと!! 何もなかったように演技を続ける運飛。ジャンプを跳んでもまだやめない。そのうち会場から拍手が起こる。「なんで拍手するの!?」と思ったが、確かに演技をやめないこのガッツは賞賛を贈りたいし応援したくもなるか。しかし私は気が気でなくて拍手をしていられる状態ではない。やり直すしかないんだからもうやめとけ! スピンまでやってやっと止まり、肩をすくめる運飛。ジャッジの説明を聞いているが、大丈夫か、英語わかるのか?(←あんた身内かい)幸い中国のジャッジが入っていたようで、東洋人の男の人が間に立って話をしている。やり直し…と思いきや、出だしの部分が違っていてまたやり直し。おいおいおい! しかしこれでも運飛は全く崩れなかった。エッジジャンプが一つすっぽ抜けたのはもはやご愛敬の域である。観客も大歓声。やった――、運飛――――!! 終わった瞬間叫びながら立った私はさすがに浮いていたが、私につられたのか、周りではぽつぽつスタンディングオベーションが起こる。前の列を見るとお父さんは座っていたにもかかわらず、女の子の方が自発的に立っている。 この子は運飛の演技に相当感動したようで、私に向かって「He is great!」を連発してくる。そうよそうよ集中力切れなかったんだから!子供と同レベルでつい盛り上がる私(笑)。しまいにこの子は「ジャッジは満点出すべきよ!」満点は行き過ぎだけどもっと言って言って! 子供がこれだけ盛り上がると加わらざるを得ないのが親。「すごい精神力だね」のコメントからお父さんとも少し話をした後に、この子が一言「Do you know him well?」 うぇる? well とは言えない。 子供の一言というのは盲点を突くと同時に、後回しにし続けている問題を突きつけてくる。 追記(言い訳): |