アメリカの教育事情〔1〕:
幼稚園の教育改革

最近のキンダーガーテン(幼稚園年長相当)のカリキュラムはアカデミックな内容に重点を移すところが多くなり、キンダーガーテンの教室からブロック、人形、キッチン部屋などが消える現象が出て来ている。あるクラスでは子供達にテストを受けさせ、子供が泣き出したり、机の上に頭を休ませたりという光景が見られ、ある学校では、泣くことはおろか、おもらしをしたり、先生の手に負えない行動に出たりという始末。キンダーガーテンの先生は「先生を困らせるようなことをする子供達は、他の子供が読み書きをしているのを見て、自分もやらなければならないのはわかっているのだけれど、自分ができないことも知っているのです。やりたくないわけではなくて、まだ読み書きができるレベルに心身が発達してないからできないんです。」
全国のキンダーガーテンの先生達は、学力試験結果向上が目的でなされる州や全国レベルでの教育改革のために、キンダーガーテンでの教育が達成の難しい目標を並べた非現実的な教育内容になっていると感じている。たとえば、“子供全員が読めるようになる”といった目標になったために、小学校に入る前に既に挫折感を味わう子供が増えることになったという具合である。サンディエゴのある学校は、子供達が小学校にあがる4週間ほど前に「小学校にあがる前に、子供が自分の名前をきちんと書き、アルファベットの読み方や発音の仕方がわかり、“the”“said”“you”などの言葉が読める状態でないと、サンディエゴ公立学校区の新しい学力達成標準に満たしません。」という通知を出したのだが、実際のところ、2年前にはこの標準に達したのはクラスにひとりしかいなかった。
教育機関の管理者や教育政策担当者は、幼児教育専門家が理想の教授法として示唆する“遊び”には耳を傾けず、どんどんアカデミックな内容を押し進めている。どうやら、最近の科学的研究が主張する幼児の驚異的な学習能力と早期の学習経験の重要さが基になっているらしい。子供がやろうと思えばもっとできること、社会の競争が激しくなっていることがわかっている親も、どんどん子供に学習させたいと思っているのである。幼児教育専門の大学教授は「従来の机に向かっての学習以外は、学習とは言えないと思っている人達が多いようだ。」とコメントしている。 多くの学区ではキンダーガーテン終了までに子供が読めるようになっていなければならないと目標を掲げているようだが、専門家は目標を達成できるのは一部の子供達だけであろうと見ており、それどころか目標を高くすることによって挫折する子供の数が多くなるし、今までの研究から、早く読めるようになった子供が後に学習面で秀でるという根拠がないことを指摘している。他の幼児教育専門の大学教授も「5歳では、ほとんどの子供は読書ができるほどの解読能力が発達していない。」「できなかったために、学習能力に問題があると思われてしまったら、子供に対するそういった感じ方が子供に伝わり、子供も自分自身で学習能力に問題があると感じ始めるので、多くの学校嫌いの子供達を生んでしまいかねない。」と懸念する。ある教育研究機関のディレクターも別の問題を指摘する。幼稚園がよりアカデミックになってしまうことで、女児より一般的に発達の遅い男児がより影響を受ける立場にあること、そして、より多くの親が危惧を感じて子供をキンダーガーテンにあげるのを送らせようとすることである。
イリノイ州では、教育方針は学区で決められ、いかに採用するかは個々の学校に任せられているので、国内はもちろん、州内でもキンダーガーテンの教育内容には差があるのだが、例えば、シカゴ公立学校でキンダーガーテンを繰り返す子供の数が1992年から2001年の間に4倍に激増しているところを見ると、昔より学習内容が高度になってきているのは明らかだ。キンダーガーテンの長さも従来の半日クラスから全日クラスに移行しているところが多くなり、全国の子供達の55%が全日クラスに通っているとされる。しかし、全日クラスを提唱してきた著名な幼児教育研究者であるドリス・フロムバーグは「時間を長くして、より豊かで、よりインターアクティブで、あらゆる学習面を伸ばす社会劇的な遊びの時間を増やすことを提唱してきたのに、最近の傾向は提唱の意味を無視し、カリキュラムの内容を幅広くするどころか、個々関連性のない特定のスキルにだけ狭めており、幼児の学習要領に適していない。」とコメント。
理想の幼児教育として学んできた教授法をあきらめなければならない立場の先生も多く、教室にブロックやカリキュラム外の絵本などを隠したり、校長先生がいない時に音楽や図画工作の時間を実施する先生もいるようだ。 しかし、ある校長先生は「期待のレベルを高くすることで、子供もよりレベルの高いものに挑戦することができる。」「キンダーガーテンで頑張ったお陰で今までより1年生時のテスト結果が向上している。」「キンダーガーテン終了時に読めるようになるというのは非常にレベルの高い注文だが、それ以上の能力を持っていることを子供達も示している。」とポジティブだ。
親も、子供に自分の能力を最大限に発揮してもらいたいと思っているし、年々競争の激しくなっている社会の準備をしなければならないというプレッシャーを感じているので、親の世代より、現在の教育の方が効果があると思っている。親の幼稚園時代は、半日クラスで工作と文字を覚えるのと昼寝ばかりしていたものだが、その子供は、全日クラスで読むことを学び、毎日15〜20分の宿題もやっているという。ある親は「学習面での達成や鍛練の土台になるし、娘にやらせ過ぎということはないと思います。」「子供は遊ぶべきという思想があるけれど、100年もさかのぼってみれば、子供は学校に行って、帰宅すると家庭の仕事の手伝いにしばられていたわけですから。」と言う。
しかし、多くのキンダーガーテンの先生は教室での活動のバランスが片寄り、子供達が疲れきってしまうことを危惧する。ある先生の「問題は、子供達が本を読めるようになるかということではなくて、本を読みたいと思うようになれるかです。」というコメントは印象深い。

2002年10月20日付、Chicago Tribune
“Kindergarten less playful as pressure to achieve grows”
(p.1、12)より抜粋

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