児童福祉における社会的責任 米国では子供の教育や福祉における学校関係者の役割がはっきりしています。日本ではしつけなどの境界線が家庭と学校の間であいまいな部分がありますが、米国では子供と接触のある学校や病院のスタッフが家庭における親の子供に対する責任を監視する役割も法で課されており、監視義務を怠ると、専門家の免許が取り消されますので、学校と家庭の関係も相補的な日本に比べてドライかもしれません。(たとえば、日本のように先生が休憩時間に校庭に出て子供達と一緒に遊んだり、子供達と一緒に昼食を食べるような家族・友達的な関係は、米国の公立小学校で見られることは少ないです。)監視の対象は主に衣食住関連の neglect(怠慢)や性行動・暴力・薬物関連のabuse(虐待)であり、適切な家庭生活が損なわれている恐れのある場合、軽度であれば、学校側はまず家庭と連絡を取り状況を改善するように警告、警告に関わらず状況が改善されなかったり、重度の虐待が確実であれば、学校側は家庭に連絡せずに直接 DCFS(Department of Children and Family Services*)に通報し、通告を受けたDCFSが、場合によっては、子供を家族から引き離し状況調査をすることなどもあります。学校側から家庭への連絡が些細なことでも日本よりも頻繁に行われるのは、このような福祉関連の社会的構造も関係しているように思います。学校はできるだけ最終解決手段であるDCFSへの通告を避けるために家庭への連絡を優先すると思いますが、親が注意しなければならないのは、文化的な理解の欠如から学校側に abuseや neglectと間違われるケースもあるということです。日本の学校の子供達と同じように白い靴下を大量に購入し、毎日白い靴下を履かせて学校に行かせていたら、先生に靴下を取り替えていないのではないかと思われ、学校から電話が来て驚いた…などということも希だとは思いますが実際あるようです。文化的な違いを誤解されたという場合は、連絡をしてきた先生やスタッフの異文化教育をするつもりで…例の場合なら、今後靴下の色を変えようが変えまいが…必ず説明をしましょう。誤解を説明をしないで黙って学校に言われた通りにするという親の態度は、子供にとっては“家庭での価値観=社会的に間違い”という見方につながり、子供の家庭不信や自己嫌悪の原因になりかねません。学校側が家庭生活の監視的役割を担っていることに対し、家庭側が学校のスタッフの異文化理解の監督の責任を担うことで、『心身ともに健康的な子供の成長』という両サイド共通の目的の実現が可能になるのです。イリノイ州の公立学校は子供に義務教育を受けさせる親の責任の監視をする役割もあり、許容されない類の欠席日数が年間学校登校日の5%(9日)以上になると子供の教育の権利と機会を奪っている=親としての責任放棄とみなされ、学校から郡(カウンティ)に報告しなければならないという法的な義務があります。普通は学校が郡に通報する前に学校から家庭に欠席日数について何らかの注意がされると思いますが、一定の無断・非許可の欠席日数を越えると学校は事務的に郡に通報します。郡から家庭に直接警告がされても子供の登校に改善が見られない場合は、育児放棄として保護者に罰金や最長30日間までの拘留を課される場合もあります。何か子供に辛いことがあり、「無理に学校に行かせるのはマイナス。」とか「時間が解決するだろう。」という日本的な対処の仕方では、文化的な違いだけでは済まされない法的な育児放棄とみなされますので、十分注意して子供の欠席日数を把握しておきましょう。なお、許容される欠席は、病気や怪我、家族の不幸など。特に病気や怪我などで長期連続の欠席になる場合は、医師から勧められた家庭での療養の記録や入院の記録を学校に提出しましょう。許容されない類の欠席は、環境的、社会的、精神的、その他の理由での意図的な欠席。例えば、保護者が意図的に子供に欠席させる不登校や子供の意図的な不登校(無断欠席、登校拒否、学校恐怖症等)が含まれます。子供の精神的な理由での不登校の場合は、学校と協力しながら対策を考えられるように学校の先生、校長、もしくは、ソーシャルワーカーに早めに連絡をして下さい。
*イリノイ州ではDCFSですが、他の州では呼び名が異なるかもしれません。
【参考情報】
不登校については私のYouTubeチャンネルにあげているビデオ『アメリカの現地校で不登校になったら』もご覧下さい。05/21 updated