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キックボード旅行記
ビリーに乗ってどこまでも

311号4面・大学

 俺はビリーと旅に出る。ビリーはかつて一世を風靡したキックボードだ。しかし、ブームの去った今、元値一万三千であった奴は、ヤングカジュアル服飾店の隅に二千円で売られていた。かつての栄光の裏で朽ち果てていくビリーは、まるで俺そのものだ。なあ、ビリー、俺達はここまでなのか?

 いや、まだやれる。でっかい花火を上げて世間を見返してやろうじゃないか。そうだ、日本を横断してやろう、太平洋から一路日本海を目指すんだ。きっと、俺達にならできるはずさ。

 スタートは志津川から。向かう電車の中では冷たい視線が突き刺さるが、ただ一人、沢庵色の歯をしたおばちゃんは俺達に優しくしてくれた。残り物らしいあめの詰め合わせとお茶をもらい涙腺が緩む。

 砂浜にスタートと書いて、俺はビリーに飛び乗った。俺が地面を蹴り、ビリーが走り出した。へいへいほー、へいへいほー、俺の掛け声が山間に響く。だが、ビリーは山登りが出来ない。童子山では仕方なしに担いで歩くが、日差しは強いし坂もきつい。極度の空腹状態に陥り、山の中にあった田んぼから米を拝借するものの、脱穀してないので砂の味がするだけでとても食えたもんじゃない。それでも、おばちゃんのあめを食いつなぎ水界峠を越え、一気に下る。ビリーは悲鳴をあげ、ブレーキが磨耗し、靴の底が溶けるほど熱くなったが、そんなことはおかまいなし。前進あるのみ!その勢いのまま、迫・築館を突き抜け、気が付けば一日目の目標地、一迫に着いていた。手近なうどん屋で肉うどんを頼むと、ねぎらいの言葉とモツの煮込みが付いてきた。優しさと満天の星空に囲まれた一日目の夜、俺はビリーと抱き合いながらテントにくるまり眠りについた。

 でも、寒い。露がしたしたと顔に落ち、耳元でゴキブリが鳴いている状況で満足に眠れるわけはない。寝不足と奥羽山脈に向かう上り勾配のため、二日目は遅々として進まなかった。疲れ、苛立ち、ビリーを地面に叩きつけるが、事態は一向に改善しない。鳴子のコンビニの前でついに気を失ってしまった。一時間近く放って置かれるものの、休んだおかげで元気百倍!奥羽の気が狂うほどに長い山道を歩き、「やったぜベイベー!」と叫んで山形県に飛び込む。転げ落ちるように坂を下り、午後六時三十分、瀬見温泉に到着した。ヨッシャ、風呂で旅の疲れを癒すぞ。

 だが、全ての温泉は門を閉ざし、ラーメン屋さえも暖簾を下ろしてしまっている。山パンをボソボソと喰いながら、ふつふつと怒りが込み上げてきた。なんで、六時で終わるんだよ、瀬見温泉!ちっとは、キックボード旅行者のことも考えやがれ!特に、ラーメン八千代!六時で店閉めるような根性ならやめちまえ。火ィつけっぞ、くぉら!こんな腐った町は早いとこ抜け出そう。翌朝、日が昇るよりも早く、二度と訪れることはないであろう瀬見温泉を後にした。

 三日目、走り出してまもなく警察に窃盗の疑いをかけられる。この時、体はかなりの悪臭を発しており、容貌はもはやかたぎのそれではなくなっていたらしい。だが、最後にはわかり合い、握手で別れる。数分後、もう一度捕まる。みんな瀬見が悪い。

 新庄を走りぬけ、最上川に至る。川沿いの山道には、国土交通省が千景の化粧と眼鏡にばかり予算を費やしているため、歩道がなかった。十センチ横で死神が微笑む十キロの道程を、千景に悪態をつきながら命からがら抜ける。

 すると、視界がひらけた。どこまでも広がる空と田んぼ、愛しの庄内平野だ。気持ちの良い風が吹き抜け、ビリーは羽根でもついたように、軽やかに進む。俺も『線路は続くよどこまでも(パンクバージョン)』のリズムでラストスパートをかける。1、2、3・へい、へい、ほー。後少し、後少しでもう一度あの薔薇色の日々に手が届く。なあ、ビリー!俺達は風になった。そして、立川、藤島、故郷の鶴岡を突き抜け、由良峠を越えると目の前に、水平線が飛び込んだ。日本海だ。やった!やり遂げた!喜びに俺はビリーを抱えあげ踊り狂った。そのまま砂浜に倒れこみ、果てなく青い空を見上げ俺は笑った。その時、ほんのちょっとだけどビリーも微笑んだ気がしたんだ。


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