自分は誰なのか、どこから来たのか、何に由来するのか。そういったことを考えたことはないだろうか。人は成長すると己の根本を考える。この疑問に答えるものとして哲学があげられるが、遺伝学も一つの答えを示してくれる。
本書ではミトコンドリアDNAを用いて、各々の母系的ルーツ、人類の進化の歴史を解明している。
ミトコンドリアDNAは通常のDNAとは異なり、母系遺伝していく。従ってミトコンドリアDNAは母親とまったく同じ遺伝子配列で代々受け継がれていくのである。しかしミトコンドリアDNAは二万年に一つの割合でランダムに突然変異を起こしている。そのため、DNA配列の違いから何万年前に分岐したのかがわかる。つまり、ミトコンドリアDNAの解析によって人類の進化の歴史がわかるのである。
本書によると、人はみなミトコンドリア・イヴと呼ばれる女性の子孫であり、その後分岐していった三十五人の女性の誰かからミトコンドリアDNAを受け継いでいる。
筆者の出身であるヨーロッパには七種類のミトコンドリアDNAが存在する。つまりヨーロッパ人は母系祖先として七人の女性につながるのである。アフリカ人やアジア人、アメリカ人、オーストラリア人にもヨーロッパと同じように一族の母と言える母系祖先が存在する。もちろん、日本人にも。
筆者はヨーロッパの一族の母たちをそれぞれアースラ、ジニア、ヘレナ、ヴェルダ、タラ、カトリン、ジャスミンと名付けている。彼女たちは空想上の人物ではなく、確かに存在した人物なのだ。そして、考古学・地理学から既に明らかになっていることを踏まえ、本書では七人の女性の物語を各々書かれてある。七人の生活様式、結婚、出産、育児、当時の文化や他の集団との交流状態が小説風に述べられており、七人の母に命が吹き込まれている。それにより彼女たちは身近な存在になっているのである。
私たちは三十五人の一族の母からミトコンドリアDNAを受け継いでいる。そこには遠い、遠い昔からの進化の記録が保存されているのである。遺伝学が発達した今、その記録を読み取ることができるようになった。それは、既存の知識と組み合わさって、私たちのルーツを明らかにしていったのだ。
私たちはみな彼女たちの子孫であり、ミトコンドリアDNAを介して強い絆で結ばれている。それを教えてくれる確かな証拠を私たちは代々過去から未来へと伝えていっているのである。