Site hosted by Angelfire.com: Build your free website today!
仙台観光 受験生特集号の目次   書評
短編小説

「合格発表」

受験生特集号4面

「やばい、遅れるっ」

待ち合わせの場所である水時計まで全力で走っても、あと十分はかかる。昨日の酒がまだ残っていて、頭がクラクラする。

大学に受かり、仙台に住むようになってから、もう一年になる。時間の経つのは早いものだ。受験生の時はあんなに遅く感じたのに、大学生になったと思ったら、あっという間に過ぎてしまった。そういえば、あの日もこんな風に走っていたっけ。

一年前、おろかにも試験当日に寝坊した僕は、ホテルを飛び出し、試験会場の川内北キャンパスまで、ダッシュしていた。試験開始時間を五分ほど回ったとき、やっと会場に着き、僕は周囲の視線も気にせず、教室に駆け込んだ。突然バタバタと現れた僕に、教室は一瞬騒然としたが、すぐにみな我に返り、再び鉛筆を走らせ始めた。僕は試験監督の指示を仰ぎ、着席した。落ち着こうと一息ついたその時、隣の方から視線を感じた。そっちに目線をやると、隣の女の子の笑顔があった。

これが僕達の出逢いだった。

試験が終わると、僕らは自然に話していた。彼女の明るい性格は、受験生活に疲れていた僕をなごませた。驚いた事に、彼女は単車に乗るという。音楽、映画など趣味の話が盛りあがった僕らは、すぐに意気投合した。

話を聞くと、彼女は一人で受験に来ているらしい。帰り道、僕は思い切って彼女を食事に誘った。彼女は一瞬驚いた表情を見せたが、快諾してくれた。僕は彼女に惹かれていく自分に気付いていた。

一度それぞれ宿に帰った後、僕達は水時計で待ち合わせた。試験の疲れから部屋でうたた寝していた僕は、不覚にもまた寝坊した。何やってんだ。再び息を切らしながら登場した僕を、彼女は笑った。無邪気なその笑顔に僕は一層引き込まれた。

翌日、僕は自分でも信じられない集中力を発揮した。彼女も、手ごたえはあると言った。一緒に合格…、そんな淡い期待が僕の頭をよぎる。

「また、会えるかな」彼女がうつむきながら呟く。「きっと大丈夫、うまくいく」僕は彼女にそう言うと、改札を抜けていった。寂しさとこみ上げる不安に耐えながら、僕は彼女に手を振った。

発表まで二週間あったが、僕はこの間受験のことを気にかけないようにしていた。手ごたえがあったとはいえ、そんなものは当てにはならない。映画をたくさん観た。単車にも乗った。そうして現実から目をそらし、募る不安をごまかしていた。

もちろん彼女の事を忘れた訳ではなかった。むしろ毎日気にしていた。携帯の番号は聞いてはいたが、向こうが勉強していたらと思うと、邪魔はできないと思った。

発表当日、僕は緊張しつつ、パソコンに向かった。合格者の番号が並んでいる。僕は血眼で自分の番号を探した。「…あっ…た」。一気に力が抜けた。

自分の合格が分かると、彼女のことが気にかかった。かといって電話する勇気もない。彼女が落ちていたら洒落にならない。

どうしたものかと、頭をひねったが、いいアイデアは浮かばなかった。こんなことなら受験番号聞いとくんだった。今頃悔やんでも仕方ない。その日は結局、ゴロゴロして終わった。後悔の念に捕らわれ、もうすでに合格の喜びなど忘れていた。

その夜、ベッドに放置していた携帯が鳴った。携帯に飛びつくと、彼女だった。一呼吸置いてから、通話ボタンを押す。「もしもし…」、聞き覚えのある声が聞こえた。また話せたことが嬉しくて、僕は舞い上がった。

しかし、現実は甘くはなかった。「私、…落ちちゃった」、その一言が、僕の頭の中を何度もリフレインした。

僕はなんて言っていいか分からず、言葉に詰まった。僕が結果を伝えると、彼女は呟いた、「おめでとう」。その一言が胸に刺さる。僕は精一杯の激励の言葉を添え、電話を切った。

 一ヵ月後、彼女から一通の手紙が届いた。もうすでに引っ越した後だったので、実家から転送されてきた。丁寧に封を開け、折りたたまれた手紙を開く。文面には、後期も失敗したこと、浪人することにしたこと、来年もやっぱり東北大を受けようと思っていることなどが書かれていた。最後に、これからもよろしくと添えてあった。

 僕は、まだ散らかった部屋の片付けそっちのけで返事を書いた。頑張れ、仙台で待ってる、と。

 あれから一年、結局連絡はとっていない。でも僕は彼女の事がずっと気になっていた。

彼女はまだ東北大を目指しているのだろうか、僕の事を覚えていてくれてるんだろうか。会いたい気持ちが募る程に不安な気持ちは膨らんでいった。もう一度会いたい。

 そんな時、彼女から突然電話があった。「一緒に発表を見に行って欲しい」彼女は言った。これでだめなら私立に行くという。

 昨日の夜、このことをビール片手に友達に話していたら、ちょっと飲みすぎてしまった。その結果がこの有様だ。でも、もう決めた。

今日告白しよう――。

息を切らしながら広瀬通を駆け抜ける。水時計が見えたところで、僕は歩調を緩め、呼吸を整えた。彼女はまた微笑むのだろうか。一年前の光景が思い出される。あの時と同じ場所―水時計の下。僕はそこに見覚えのある後ろ姿を見付けた。


[back] [index] [next]


Copyright (C) 1999-2000 by 東北大学学友会新聞部
E-mail:tonpress@collegemail.com