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「世界選手権騒動記録7」

 


おことわり:諸事情によりペアフリーの間かなり気が荒くなっています。選手に対する暴言はないように配慮したつもりですが…。



記録 (3月29日(水)) ペアフリー

ヘルシンキで「世界選手権はスケート観戦を愛する人が集まる場所。声をかければ世界中のスケートファンと友達になれる」と感じ、その楽しさを伝えたい一心でだらだら長い観戦記を書いてきた。
スケートファンに悪い人はそうそういないと思っていた。

―――Rinaさんの横断幕の事件を聞くまでは。


既に別のサイトでも書かれているが、会場の手すりに貼り付けていたRinaさんお手製の本田君の横断幕が初日のうちにペンででかでかと落書きされた。

私がこの話を聞いたのは初日の夜、競技が終わってからのこと。現物を少し見せてもらったが、どうもサインのようである。本田君のサインが入っているから寄せ書きのノリで便乗したとでもいうのだろうか。冗談じゃない!
横断幕を作ったこともサインをもらったこともない私が書くのも何だが、あれだけの物を作るのに布を買ってデザインをして作るのは、そしてあの大きさの布を旅行で持参するのはどれだけ大変なことだろうと思う。
そしてサインをもらったということはその行為がスケーターに認めてもらったということである意味作った人だけに与えられた勲章のようなものに違いない。そこらの輩の落書きや寄せ書きとは根本的に違うのだ。気軽に立ち入っていい領域ではない!

わからない人もいるだろうから、もっとわかりやすい例を出した方がいいだろう。この行為は共同の物干し場で他人が干している洗濯物に泥をかけて汚すのと同じ事なのだ。愉快犯だという見方は許されない、いや絶対に許さない!
フランスには純粋なファンの行為を踏みにじる輩がいるのか。怒り、失望。それと同時に被害を受けたRinaさん本人の気持ちはどのようなものかと。


他の横断幕は何もされていなかったらしい。
Rinaさんの横断幕は漢字で書かれている。共同の物干し場で人の干している洗濯物を汚す下卑た人間の事だ、これがアルファベットで書いてある横断幕、特にアメリカやカナダの物なら手を出さなかっただろう。あの応援軍団を怒らせることになるのだから。
わけのわからない文字(彼らにとって)を使う国の人間なら少数派、所詮フランス語も英語も話せないんだからちょっと手出しをしたって抗議や報復の行為を受けることはないとせせら笑うアルファベットを使う種族の傲慢さが見えるようだ……!!


預かり物ではあるが(Iシスターズさんありがとう!)エルビスの横断幕を持参して貼っていた私、次の日から大丈夫かどうか気が気でない。男子ショートと女子予選は席から監視しながら過ごせたが、ペアフリーはリンクを隔てた反対側に移ってしまう。まあペアだから大丈夫だとは思うが…。
そう、問題はむしろ別の方向にある。カナダには大応援団がついている。ロシアは大集団はないもののそこかしこに応援グループがいて、トータルでいえばそれなりの人数になる。
しかし中国は…

ここで思い切り頭に血が上った。雪ちゃん達はショート1位、4位からは射程距離。Rinaさんの漢字の横断幕に手を出した彼らのことだ、何かの形で中国を妨害あるいは軽蔑するような行為をとることは容易に想像がつく。私そいつらが潜んでいるエリアで中国の旗振る事になるわけ!?いやそれも結構!
上等や。雪ちゃん達がらみのケンカなら3倍で買ってやる!!



…とまあ、こんなことを考えながら会場へ入っていったのだ。さぞかしすさまじい形相をしていたに違いない。
場所を教えてもらって席につくと、思っていた場所とは違う。女子予選で見たやかましい集団からは離れていて、周りの観客は特に応援旗も一眼レフのカメラも何も持っていない普通の観客。ケンカをするほど(実際にしたわけではない)頭に血が上るのは私くらいのようだ。
が。
何なのよこの席は!!

ジャッジ側とはいえ一番端、キス&クライの真横!体を思いきり斜め向きにしないとリンクが見えず、そうしてもリンクの3分の1がほとんど見えない。
それにこの席じゃ中国国旗を振っても反対側の席からは絶対見えない!周囲の観客に「私はこのペアを応援しているんだよ〜」とアピールするのが目的の旗なのに。去年「エルビス>郭君or成江君だから」とあえて小さな旗を買ったのがこういう形で裏目に出るとは。ああこういうことなら雪ちゃん達専用に大きな旗用意しておくんだった(泣)。
決めた。今日はメープルリーフは使わない、旗を振るのは雪ちゃん達だけにする!嫌いではないけどショートでは使ったんだから悪く思わないでちょうだい!>カナダ勢


第1グループの時には少しでもましな所で写真を撮ろうと空いている席に移動していたのだがさすがペアフリー、どんどん席が埋まっていって結局本来の席に座るしかない。キス&クライの真横といえば聞こえはいいが、真横であるがゆえに壁にさえぎられてキス&クライにいる選手の顔が全く見えないのだ。しかしキス&クライの裏側が見えるので、得点が出た後帰っていく選手の姿が見える。選手用の通路とつながっているらしく、ちょうど雪ちゃんと宏博兄さんが入っていくところが見えた。
元は取れるかもしれない。


去年のように中国応援団が現れるかと期待していたのに、いなかった。ニースに中華料理店はあるのに…。

フリーもミスがあったパンちゃん達。正直言うと去年からあまり変わっていないような気がする。オリンピックシーズンの雪ちゃん達みたいに一気に力をつけてベストテンすれすれまで来るかと期待していたのだが、どう並んでもおかしくないペア上位までの距離は遠かったか。
二人共細くて折れそうで見ていて怖いからもうちょっと肉つけて。特にトン君!あの宏博兄さんでさえウォームアップで他の国の選手に混じると細く見えるのに(胸板の厚さが違う)、いくら21と若いとはいえあなたペアの男子にあるまじき細さ(笑)。


フラッシュが光ったわけではないと思う。

Oberta and Palamarchuk組(ウクライナ)は明らかに今までの組と点数が違うのがわかる演技だった。なじみのある軽快なクラシックに合わせて技が続けてきまり、初めて観客が一体になって場内手拍子。おそらく最後の大技、ジャッジの目の前から向かって右側へ移動していくリフトの途中に男性が足をつっかける形に。
私の席からは距離が遠いとはいえ思いきり見える位置。一瞬の事なのでよくわからないが、男性が倒れ、男性の体がワンクッションになった形で女性が投げ出された。女性はしばらくして起き上がり、男性の方を向く。しかし男性は…

うつ伏せになったまま動かない。

会場の拍手にも反応がない。女性は近寄ることも声をかけることもできずに立ちすくんでいる。誰もリンクに上がらない。うながすような拍手がだんだんどよめきに変わっていく。
どれくらいの時間がたったのかわからないが、ようやく関係者が3、4人リンクに上がってきた。しかし担架も何も持たず、普通の靴をはいているのか足を滑らせてバランスを失ったりと、傍目で見ていても大して役に立ちそうにない。何も準備をしていなかったとでもいうのだろうか。幸い男性は体を起こすことはできたが…。
リンクから上がってからは人に囲まれてしまったので、私の席からは何も見えない。

キス&クライの裏側からちょうどSAMがメディアブースに入っていくところが見える。
来るのが遅いんだよっ!
ゲスト相手に切れるな切れるな^^;。所詮放映時間に限りのある民放、ペアに選手を派遣していない日本なのだから仕方がない。しかし日本のテレビでこの光景は放映されるのだろうか?


「ペア競技の危険性」と聞いて何が思い浮かぶだろう。
女の子、あんなにいきなり持ち上げられて回されて怖くないんだろうか。あんな自力で着地できない体勢で空中に回されて、男性がしっかり受け止めてくれることを信じ切れるんだろうか。あんなに高く放り投げられて降りる時、足は痛くないんだろうか。着地できればまだいい。転んだ時の衝撃はどのようなものか、考えると怖いので考えないようにしていた。
男性の立場になって考えたことがなかったのはうかつだった。リフトをしている時というのは、重量挙げをしているような一種体が硬直した、というか自由のきかない状態であの滑る氷の上にいなければいけないのでは?
立つどころか回転しながら前に進み、スピードまでも要求される。


しかし本当にどうなるんだろう。会場で手当てを受けているのだろうか、それとも即救急車で病院に運ばれていくんじゃないだろうか?だとしたらこの席から運ばれていく所が見えるかもしれない。同じ事を考えたのかどうかは知らないが、いつのまにかABCのカメラマンがキス&クライの裏側にスタンバイしている。
しばらくして「医師の判断で第4グループの一番最後に滑ることになりました」というアナウンスが流れる。おい、滑らせるか!?
何考えてんねん、スケーターの体を守るのが医者の仕事だろうが!いや本当に大丈夫なのならそれに越したことはないのだが。


大きな拍手の中、次の滑走のサージェント組がリンクに立つ。

始めのソロジャンプは転びはしなかったと思う。スピードを上げて最初の大技ツイストリフト。しかし女性をほとんど投げずに回して降ろしただけのシングルになる。頭を抱えてその場で立ち尽くすワーツさん。「何やってるのよ、大丈夫よ」と言っていそうな笑顔でパートナーの腕を軽くたたくサージェントさん。二人でジャッジ席の方へ滑っていき、ワーツさんが何か言っている。


佐藤有香さんがご主人のダンジェン氏とペアを始めた頃について、「刃物を持った二人が密着している」というような内容のコメントをし、それを聞きながら「やった人間だけにわかることなんだろうな」と思ったことがある。
見ているだけの人間にはわからない危険性がペア競技にはどれほどあるのだろう。
そして彼らはペアを始めた幼い時にどのようにしてその恐怖を克服し、今もどれほどの肉体と精神をもって自分をコントロールし続けているのだろう?


ツイストリフトの位置で二人が向かい合って立っている。
会場の手拍子が続く。

そして音楽が途中から流れた。

出来がどのようなものだったのか覚えていない。スロージャンプの失敗やリフトの省略はあっただろうが流れが途切れることはなかったし、彼女達が持っているベテランらしいアイスダンスを思わせるようなユニゾンは見せてくれた。
頭を抱えるような極限状態から立ち直ってくれたのだ。これはもう、しまっていたメープルリーフ取り出してスタンディングオベーションするしかないでしょう!


隣のご婦人が怪訝そうな顔。パンちゃん達の時にも旗を出したから(^^;)。説明すると何か言う。さらに隣の娘さんが「何を言ったのか私はわかるから」と通訳してくれて、二人して納得した様子の笑顔。どうもフランス人、「英語を馬鹿にして使わない」のではなく、わからない人は本当にわからない模様。
「日本に行ったことがあるの。イーズーって所。」イーズー? ??
「ごめんね、日本語変だから…」と言う娘さん。いえいえここは意地でも解読します。観光客が多そうな所…あ、そうか伊豆だ!
それから少し話をしてやっといつもの観戦ペースが取り戻せた。疑心暗鬼になってはいけない、フランス人の観客だって普通の人がいる。
キス&クライの裏ではライトで照らされながらテレビカメラの前でサージェント組がインタビューを受けている。

その次のスコット組(アメリカ)は無難にこなしていったが最後のリフトが上げて降ろすだけのものになる。
位置、方向、上げ方全てオベルタス組のものと同じだったと思う。


第4グループになっても競技に集中できない空気。ウォームアップの開始と同時にアナウンスが流れ、会場から拍手…おそらくオベルタス組の棄権だろう。しかしこのアナウンスはフランス語だけだったのだ。娘さんに訊いてわかったからいいようなものの、英語でも流さんかい!
ウォームアップが終わってもキス&クライの裏ではサージェント組…というかサージェントさんとコーチがインタビューを受けている。ワーツさんはいない。
もし彼女達の順番に英語の通訳がいるペアが入っていたら報道陣はどうしただろう。助かったんじゃない?

……何も報道陣相手に皮肉を言うこともなかろうに。

乱戦のペア、第4グループにいるペアは展開次第ではメダルを狙える力量を持つ組ばかり…なのだが、あの事故を見た後ではとても試合という感覚が取り戻せない。普段は何も考えずに見ていたリフトが怖い。一つ一つ成功させていくのが奇跡に思える。
本調子ではなく細かいミスをしながらも鍛え上げた技を見せていく選手達。ザゴルスカ組で少しリフトを見る感覚が戻った。


最終グループの前に製氷、その途中からまた空気の色が変わり出す。リンクサイド、選手が出てくる所の真上の手すりのそばに観客が降りてきてぎっしり埋まっている。私の周りの席でも立ち上がっている人が多い。「競技のクライマックス!」という開放したものではなく、何かどよどよしているような…。何なのこの空気、いくら地元のアビトボル組がいるからって……そうか!ベルナディスさん大丈夫なの!?
まだ騒動が残っていたんだった……

その場の空気を察していたような彼ら。真っ先にリンクに降り、他のペアがリンクの端をぐるぐる滑る中「ほ〜ら、大丈夫だよ〜」と言わんばかりにいきなりのリフト。会場全体大歓声、アナウンスなんざ聞こえやしない。
次々にリフトやスロージャンプを繰り出す彼ら。それを見てさらに歓声。薄暗い会場がその瞬間だけ照明のレベルを上げたかのようにうっすら明るくなる。これは誇張ではない。本当に明るくなるのだ。

その元凶は………フラッシュ。


写真を撮る時にフラッシュをたかれたことのない人はそうそういないと思う。その時の感覚を思い出してみてほしい。突然の光に目をつぶってしまったり光を意識し過ぎて変な顔で映ってしまったことがあるはずだ。
スケートファンの中で滑ることができる人がどれくらいの割合でいるかは知りようがない。しかし、リンクに立った時氷という物質が普段当たり前に立っている地面とはいかに違っているか、その上で立つ、動くというのはどういう事なのか経験したことがある人は少なくないと思う。

なぜ想像がつかないのだろう。真っ直ぐ立つことさえ集中を要する状態でフラッシュをいきなり目の前でたかれたら自分がどうなるのか。スケーターの場合はるかに高度な運動、あの氷の上で自由にならない状態で他の事に集中しながら動いている。そのスケーターに対してあのフラッシュがたかれたら、あの光がもろに目が入ったらどうなるか。しかも少し前にあの惨事を見ているのに。
「自分が愛するスケーターがあんな危険な目に合う可能性がある」ということになぜ気づかない!

それでもフラッシュは光り続ける。彼をより追いつめることになるとも知らずに。
フラッシュが憎くて頭がどうかなりそうだ。
幸い私の周りにはフラッシュをたく人はいない。さっき一人いたが、係のお姉さんが注意に入ってからはやめている。彼女達だって何もしていないわけではないのだが、発砲して威嚇でもしない限りあの観客を小人数で制するなんて不可能だっただろう。

第1滑走のアビトボル組の動きが少なくなるとフラッシュもだいぶ少なくなる。気持ちが落ち着いたところでウォームアップが終わってしまった。しまった雪ちゃん達ほとんど見ていない……。まあ気が回らなかったのは彼女達がスロージャンプやリフトをする時にフラッシュが光っていなかったということだから、それはそれでよかったかもしれない。雪ちゃん達の時に光りまくっていたら私どうなっていたか^^;。


自国びいきの大観衆に流されているような気がして癪な気持ちはある。しかしもともとアビトボル組は好きなペア、しかもあんな事件に巻き込まれているのだ。ここは素直に周りにシンクロしても悪いことではあるまい。ウォームアップも演技中も普通に見えたベルナディスさん。むしろサラさんの方が表情も動きが硬かったような気がする。
演技が終わってがっくり力が抜けたようだった―――

キス&クライから出ていって後ろへ回ってからのこと。サラさんはすぐに奥に入って行きそうな様子だが、ベルナディスさんがその場所から動かない。ボディーガードに囲まれていることもあって、彼が立っているのか座っているのかよくわからない。誰かが椅子を持ってくる。そのうち人に囲まれて二人とも姿が見えなくなる。
結局ベルナディスさんは人に取り囲まれて見えない状態で奥に入っていった。
キス&クライ裏の様子を見ていたおかげでペトロワ組の演技の前半部分をまったく見ていない……^^;

見てはいないが前半も後半部分と同じようにミスをしそうにない完璧な演技だったろうと思う。これだけ荒れた試合の中で普通の試合と同じようにきっちりした演技をしてしまうところに彼女達の底力を再認識…の直後に別の認識。
ちょっと、ショートの順位が一つ違いのペトロワさん達完璧な演技しちゃったよ!!やっとここで競技という感覚が戻った。


紹介のアナウンス。 「ジャーヨウ、雪、宏博―――!」と叫びはするが、こういう場で叫び慣れていない私。緊張していていて声が割れていることもあり、情けないほど声が小さい。一人で会場に響くような声援をかけられる人がうらやましい。エルビスの時だってこんなに緊張しない。カメラを持つ手が震えるなんて初めてだ。
NHK杯でフリーを見た時に「今年の世界選手権の順位は期待できないけど、一度こういうタイプに正面きって取り組めば来年以降に生きるかもしれない」と考えたり、ショートで1位を獲って青くなるという薄情なファンだが、このペアが他にはない個性を持っているいいペアだということは知っている。しかし観客の反応の鈍いこと。ヨーロッパのスケートファンにはそれがわからないとでもいうのだろうか。
なんでショート1位のペアのために国旗を振る人間が私だけなの、しかも2年連続!

宏博兄さんのジャンプの回転数が少ないのは目の錯覚だろうか。こういうゆったりした曲は出来がいいか悪いかがわかりにくい。
いつも思いきり上で雪ちゃんを受け止めてからゆっくり降ろすために曲とタイミングがずれがちな宏博兄さんのツイフトリフトがぎりぎりの位置。そうか、硬くなっていたのか。
勝負あった―――

もちろんぬいぐるみを投げる…が、リンクよりキス&クライの方が近い。リンクを上がってキス&クライへ向かう雪ちゃんを呼び止めてぬいぐるみを放ったのはいいが、加減しすぎて斜め前にあった植木に引っかかって床に落ちてしまった。ぎゃ―!しまった「ごめんなさい」という中国語を教えてもらっておくんだった。
しかし拾い上げてから笑顔でぬいぐるみを持った手をこっちに振ってくれる雪ちゃん。ありがとね。
観客が点数にブーイングを飛ばしてくれるのは嬉しいが…よくこの点ですんだというのが正直な感想。あ、高すぎるというブーイング?

二人がキス&クライの後ろを通り過ぎていく。雪ちゃんの両手いっぱいにぬいぐるみ。わかっていないわけではない。
あれだけもらえばもう来年はぬいぐるみ投げなくていいね……。


悲しい曲の演技はミスが続くと悲しさが倍増する……。

最終順位の表示に沸き立つ観客。モニターには笑おうとしながらカメラに手を振るサーレの姿。まるで彼女の敗北の姿に沸き立っていたような…違う、アビトボル組のメダルに沸き立っただけ、映像のタイミングが合いすぎただけ。勝者がいれば敗者がいるのは当然、そんなことに神経を尖らせていては何も見られない。しかし残酷な一瞬。
キス&クライ裏にある小さなテレビ(誰も見ていないのになぜかある)には抱き合うアビトボル組の姿が映っている。そっちの映像をモニターに出せばいいものを。


やっと終わった。


表彰式ではメダルを授与するISUのチンクワンタ会長の入場と共に会場全体でものすごいブーイング。一瞬驚いたが考えてみれば当然だ。
何についてのブーイングかはいくらでも想像できる。急な開催地の変更、大会直前でドーピング陽性が発覚する素人目には妙な検査体制、オフィシャルホテルで外部からの暴力沙汰が起こる警備の甘さ、そしてリンクで事故が起こった時の対処の遅さと不備。
私達観戦者にはこういう場でしか抗議の気持ちを表現する機会がない。直接彼の責任ではないが、こういう時に矢表に立つのが「会長」の役目というか宿命というもの。

しかしメダルを授与している時にブーイングするのはやめてほしい。チンクワンタがいるからしているんだろうけど、この場の主役である選手に失礼だ。それともジャッジに対しても不満なわけ?銀メダリストのファンとしては気になる。
この写真の通り私の席からはメダリストの顔は見えない。こういう人のためにモニターはあるのだろう。一瞬雪ちゃんの顔が映る。
無理な笑顔は作らない。そうだね、去年の2位とは違うね……

耳がすっかりロシア国歌のメロディーを覚えている。しかし旗は?と思っていたら演奏が終わった後にスーッと揚がった。
すっげー間抜け、信じられん。何この段取りの悪さ!

チンクワンタが退場しても観客のブーイングがやまない。何を思ったのかティホノフさんが観客へ向かってメダルを掲げるとブーイングが歓声に変わる。大丈夫、このブーイングは彼らへのものではない。メダルを掲げながら会場全体を見回した彼、やっと顔が直接見えた。
あったかい笑顔だなあ。
そういえばこの人は違う国の代表として国際試合に出たことのある人だった。

おめでとう。あなた達の勝ちです。
来年は。


そろそろウィニングラン。あの雪ちゃんに「おめでとう」というボードを掲げるのは白々しい気がするから(本人に見えるわけはないが意識するのがファン心というもの)国旗を振るだけにしよう…と考えていたらちょうど目の前にあるエルビスの絵が引きずりあげられかけている。何ちょっと、どういうこと!?
せっかく落ちついたのにまたここで頭に血が上った。荷物を抱えて反対側の席へ走る。雪ちゃん達には悪いがエルビスの横断幕の方が大事!

ちょっとエルビスの横断幕血祭りに上げる気!?冗談じゃない、フランスにはスケートにもフーリガンがいるわけ?いるのは勝手だけどアビトボル組はメダル獲ったのに何を荒れる理由があるって言うの!!それに係員のねーちゃん何してんねん、何もしてへんのかい!いちいち一人一人席に案内するんじゃなくてこういう輩を取り締まるのが仕事だろうが!!!


さすがにこれは考え過ぎだった。血祭りに上げるどころか逆に落ちかけているのを支えていたところらしく、すぐ場所を空けて作業させてくれた。ガムテープをベタベタ張って補強し、やっと一息。最終グループが始まる前あたりに手すりに群がって身を乗り出している彼らの圧力で貼り付けていたガムテープが取れかけたのだろう。悪意はない。ここで神経を尖らせてはいけない。しかしこれ、フリーの最終グループの度に心配することになるのか。とんでもない場所に貼ってしまったなあ。
リンクを見るともうウィニングランも写真撮影も終わっていて、雪ちゃん達もペトロワ組ももういない。アビトボル組も帰りかけるところ。私の周りの人達はまだ彼らを呼び続けている。選手の出口は向こうだからこっちに来るはずもないのだけれど。
まあファンは嬉しいしはしゃぎたくもなるか。この横断幕に害を与えなければ許してあげよう。

それにしても疲れた。まだ3日目、ペアしか終わっていないというのに、この世界選手権色んな事がありすぎ。どこまでピリピリし続けなければいけないんだろう。
もういい、男子が終わったらもう帰りたい。


シェリルと合流するとまだ晩ごはんを食べていないという。飲み物だけ付き合うことにして、リンク前の通りの一番端にある店に入る。
「スケート見たんだろ?あいつどうなったんだ、フランスの男で昨日斬りつけられた奴!」注文を取りに来たおっちゃんが思いきりなまりのある英語で、高いテンションで訊いてきた。
試合中の様子は教えたがそれ以外のことはこっちだって情報がない。新聞を見せると内容を教えてくれた(見せるついでに教えてもらおうという下心はもちろんあった(笑))
ドアをノックした時にベルナディスはパートナーと思って開けたところ、いきなり腕を斬りつけられたこと。フロントに電話をかけて警察に通報してもらったのはいいが、フロントが彼の部屋番号を間違えて言ったために警察の到着が送れ、犯人が捕まっていないこと。サイコの仕業と推測されていること。

「これは絶対ホテル側のミスだ。ホテルは誰でも入れるからいろんな奴がうろうろしてるのに、誰彼部屋まで通すなんてとんでもない話だよ。スポーツ選手泊めてるのに!」
「モニカ・セレシュの事知ってるだろ?どのスポーツでも同じなんだよ。テニスでもサッカーでもボクシングでもそう、スポーツ選手はサイコに狙われて危険な状態にいるんだよ、一般の人間と同じように扱っちゃいけないんだよ!」
話をしているうちに怒りがつのってくるのか、どんどんなまりが強くなるおっちゃん。聞き取れなくなるほどで、これ以外にいろいろ言ったのだが後でシェリルに訊いてみてもほとんどわからなかったらしい。おっちゃん、ちゃんと相手できなくてごめん(^^;)。しかしあの二人を心配する地元の人の声が聞けてよかった。

ホテルまで歩いて帰る。疲れているのかボソボソとした口調になるシェリル、同じく疲れている私はそれを全て聴き取る力がない。そのギャップを埋めて会話を続けようとする力が二人共なくなっている。
横断歩道に警官がいる。
昨日まではいなかったと思う。


この時ほどモバイルがあったらと思ったことはない。あったら覚えている今のうちにへなCHOCOに全て書き込むのに。
今からペアフリーの下書き版を書いて、家にファックスしてよるさんの所にメールで転送してもらおうか。そういうわけにもいかない。今から書き出したらきっと徹夜してしまう。明日は男子フリー、そんな事をして体調を崩すわけにはいかない。


ホテルに帰ってシャワーを終えると「明日のフリーでベンの時に投げるの」とシェリルがベッドに座って会場で買ったぬいぐるみに会場限定販売のキーホルダーをくくりつけている。「ベンの初めてのワールドなんだから、何か記念になるような物をあげたいの」と飾りをつけながらえらく楽しそう。
何か初々しい…というか、ノリが違う。ファンだなあ(当たり前だって)。出場回数にちなんだ記念グッズをあげるなんて考えたことがなかった。「いいねえ。エルビス10回目なのよ、私も記念プレゼントあげようかな。でも他のファンがもうあげてるだろうからしなくていいかな―♪」と答えるとムッとした様子。嫌味になったか?すまん(^^;)
いや、もう既にマスコミに嫌というほど話題を振られているような気がして…。

「言われてみれば10回目」なのか、言われる前からしっかり意識しているのか。

明日エルビスは10回目の世界選手権のフリーを迎える。

(8へ続く)



追記:去年はろくな写真がなかったペア、雪ちゃん達の写真を撮る!と気合いを入れたつもりが手が震えていたせいでほとんどがぶれていてアウト…(泣)。

その2:ブーイングってどうやってするんでしょう。ギャーギャー文句をたれるのは「ヤジを飛ばす」ということで違いますよね?

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